046 雛祭り伝説と道頓堀・名物雛寿司秘話

大阪音楽大学とヨッサンとは汲めども尽きせぬ長~いお付き合いがあります。音大提供の番組を通じてのインタビュー…このコラムに登場した中村紘子さんや小林研一郎さんもそう、次回取り上げる(快挙‼グラミー賞を受賞した)ピアニストの内田光子さんもそう。

音大の先生方の名演・迷演?収録秘話。ロストロ(20世紀最高のチェロ奏者の1人ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ)さんが音大にやって来て、生徒が弾いたその後で(生徒のチェロを)まるで魔法をかけたかのような馥郁たる音を紡ぎ出したあの名人芸…“弘法は筆をえらばず”そんなこんなのヨッサンが綴る音大音楽手帳はしまっておいて…。

実は、この季節になると、番組の窓口だったT教授の音楽に関係ないこんな思い出話が浮かんでくるのです。

「吉川さん、僕は昭和3年3月3日生まれでネ。軍隊にいた頃、長官が“お前の誕生日は?”と聞く訳。それで“自分は昭和3年3月3日生まれであります”ていうと、ピンタがやって来る“きさま!女の節句ひな祭りの日に生まれて恥ずかしくないのか⁉”ビッシ!バッシ!あれにはまいったヨ」(えらい時代だったんだ)

ひな祭り…ある年、ヨッサンは和歌山は加太にある淡島神社(雛流しの神事でお馴染み)の宮司にマイクを向けたのであります。

「吉川さん、この神社の御祭神、少彦名命(すくなひこのみこと)と神巧皇后(じんぐうこうごう)の男女1対も御神像が、男びな女びなの始りなんです。(ホォ~)でネ、あそこに見える友ヶ島から加太への御遷宮が仁徳天皇5年3月3日であったために、ひな祭りは3月3日になり、語源もスクナヒコナ祭りと言ってたのが、後々簡略化されて(スクナヒコナのヒとナを生かして)“ヒナ祭り”と言われるようになったと伝えられているんですよ…」

あれ以来、ひな祭りが近づくと、あたりかまわず女の子を捕まえては“なぁなぁ、ひな祭りゆうたらナ…”と繰り返すヨッサンがいるのでした。そんなひな祭りを前に“灯りをつけましょ、雪洞(ぼんぼり)に~♪”と“赤い灯~、青い灯~、道頓堀の~♪”この2つの名旋律が見事にマッチングしたお寿司屋さんに取材したヨッサンの姿がありました。

その名はズバリ“雛寿司”ここの名物雛寿司は小指ひと節ほどの小さなお寿司。えび・焼きあなご・白身魚・まぐろ・それに超ミニサイズの玉子焼きに海苔巻が添えられて登場します。

何でまた、こんなちっこいお寿司を作りはったんですか?6代目女将(荒木喜与子さん)にインタビュー。

「このあたりは昔、5座ゆうて、角座・中座・朝日座・浪速座・弁天座がありました。今から150年ほど前、芝居見物にはお弁当がつきものやったんです。せやから、芝居茶屋はそれぞれの味を活かした弁当作って競い合ってたんですナ。そんな中で、ウチの3代目が、幕間に大きな口を開けてご飯をパクつくのはみっともない。若い娘さんがお見合いの席として芝居小屋を利用していた。せやったら、おちょぼ口で食べられる、可愛い、小さなお寿司を作ろうやないか!それだけやおまへん、マグロのひと塊の両端は切り落としますわなァ!その切り落とした部分を利用しようやないか…かわいかろう、それに無駄も省けるやろ…そういう大阪人の商人の知恵ですナ!」

いつもは大口叩いているヨッサンも、このときばかりは“口にも筆にも尽くせない”素晴らしい体験をさせてもらいました。

当時、60代だった女将。久しぶりに訪れたら、な、なんと82歳。シャキシャキと働いておいででした。雛寿司はお吸い物付きで1500円。電話06・6211・6264。日曜定休。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサ

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道頓堀・雛寿司の看板

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と名物雛寿司(下)

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