053 音楽が生きる糧に指揮者 山下一史①

ヨッサンの目はまるで釘づけにされたようにその記事に見入っていました。大震災から11日たった日経新聞の文化欄“音楽の出番を待つ…山下一史”

仙台フィルハーモニー管弦楽団の正指揮者、山下一史は綴っています。

「人々から求められる時が来るまで待つべきだと思っている。でも、音楽の出番は必ず来る」

“よっしゃ!生のマエストロ山下の声を聞いて放送しよう”やっとこさマエストロを捕まえ電話インタビュー。(2011年4月2日夕方5時)

開口一番、「その日(3月11日)新人の人達とのコンチェルトを予定していまして、そのゲネプロが3時から、その丁度14分前だったんです。なんて言うか…よかったというのはこう言う場合はよくないかもしれませんが、オーケストラのメンバーが全員ホールの中に集まっていたんですよ。(強調して)尚且つ、リハーサルが始まっていませんでしたから、(もし)ステージの上にいて楽器構えてやってたら多分パニックになってたんじゃないかな。天井から何か落ちてくるとか」

~全員無事確認~団員の車でホテルへ…余震余震…凄く長い横揺れ…生まれてはじめてこのまま(死)と思った~ホテルに何とか戻りTVの津波を見る~ホテル36階の自室まで階段で‼~実況アナウンサーのように語るマエストロにこちらは声を失った。

仙台から福島空港まで自家用車で運んでくれた馴染みのタクシー運転手(往復で満タンだったガソリンが空っぽ)に感謝‼ホテルのスタッフの頑張りに感謝‼「仙台市民みんなが立場の違いとか全て越えて頑張ってます」と語るマエストロ。

さて、東京の自宅に戻って、これから音楽と自分はどうなるんだろうか?気持ちの整理がつかなかったんじゃないですか?と聞いてみた…

「23日の大阪フィルとの演奏会までの10日間、呆然として過ごしたというか、これから先どうなるんだろう…とか、色んな被害の状況を知るにつけ、我々音楽家が何を出来るか考えた。だけど、軽々に音楽で慰めようなんて言えるような状況じゃないですよネ!

で、自分自身、慎重になって新聞にも(“人々の今日1日の生活が成り立ち、明日への不安も和らぎ、何よりもこの震災で受けた大きく深い傷が少しでも回復する兆しが見え、人々から求められる時まで待つべきだと思ってる”…日経新聞)

そういう論調で書かせてもらったんですけど、これがですね、大阪にやって来て、大阪フィルの練習場で指揮して演奏会に持っていきますよね、その時に、ほんの一瞬なんですが、今までの不安だとか、色んなマイナスの気持ちが“音楽が出来る喜び…幸せ”っていうかそれが上回った瞬間があったんです。

僕、それにビックリして…こんなにも再認識させられ…ビックリするほど幸せでした。誰かを癒すとか、誰かを幸せにするんじゃなくて、僕たち音楽家っていうのは、音楽の“チカラ”を貰ってるし、もっと言うなら“音楽のチカラで生かされている”部分があると思うんです」

これまでは日差しを失ってしまった日時計のように途方に暮れていたマエストロは立ち上がったんです。4月11日には仙台に行って復興コンサート!「こういう状況で音楽家だけでなく市民の方々に生活を取り戻すことが大事かもしれませんが、音楽家にとっては、やはり同じだけの比重で音楽を演奏するということ…生きる糧…のようなものを与えなきゃいけないということですネ。それによって仙台の方がちょっとでも音楽聴いて、いいなあと思って下されば、ちょっとでも苦しみを和らげ、ちょっとでも希望が見えれば、本当に幸せなんです」

涙声を振り払ったマエストロは自らを奮い立たせていました。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

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山下一史指揮、仙台フィルのCDジャケット

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