149 高校時代は苦手な数学でおめこぼし 西村朗 ④

なにわのヨッサン とっておきの【音楽交遊録】・・・・吉川智明(149

今でも思い出すと“クスッ”と笑い出すヨッサンのお話…大学在学中はFM大阪を中心にバイト・バイト・バイト~。授業はほとんど出席しないのに“マスコミ概論”のテストは受けた…さっぱり分からん。そこで答案用紙の裏に“現在のマスコミの現状と問題点”と題して1面につらつらと書いた…ら、“A”の評価点!大学4回生でFM大阪の社員で入ったら、FM大阪の公休日(火曜日)が“ゼミ”の授業だったので年中無休だった。いよいよ卒論…書く暇がない(今、某有名教授になったN君に)“ちょっと手伝ってくれ!”…締切迫る…先生に告白“締切に間に合いません”先生から仰天発言“君の点はもうつけてあるで”“???”…後日、成績表には“A”の評価が‼

“おめこぼし”という言葉があります。今回の主人公・西村朗先生もこの恩恵に大いにあずかったと振り返る。

N:西村朗 Y:ヨッサン

N「高校は進学高でなくてもいい。行きたいのは東京芸術大作曲科ですから。旭高校を見学に行ったら門に入った右に2階建ての立派な食堂が!校庭は広いし凄く気に入る、ここやったら1番か2番で入れるんじゃないか、ず~と(成績が)下がり続けても出られるん(卒業出来る)ちゃうやろか…と。高校の勉強はせず作曲一途‼ 16歳の時に最初の管弦楽曲を書いたんです。NHK・毎日新聞・作曲コンクールが毎年あって出品。4回連続落選しました。当時、学校の勉強は全然してないし学校を休んで作曲に専念してましたから、数学なんてさっぱり分らない“それ何て読むの?…へェ~シグマ”

当時ね、作曲コンクールに出品したら1次審査があって名前が新聞に出るんです。予選通過者が。それを数学の先生に見せる“凄いなあ西村!…ほんなら数学まけてやろう”授業で先生が(分からん質問を)生徒に順番に当てていく…僕の所に来たら全然別のこと聞くんです。“西村!昨日TV見たか?”“少し見ました”“走り高飛びで日本記録出たな⁉何センチや?”“2メートル18やったかな!”“それでエエ。ハイ!次の生徒”…授業中は芸大の入試の為に対位法、和声法という試験があるので音符書いてるんですよ、ず~っとね。先生の“おめこぼし”でした」

~作曲家・西村朗誕生‼~

それから20数年後のある日、西村先生は「野村学芸財団」(野村胡堂…『銭形平次捕物控』などの著作。もう1つの筆名は“のむらあらえびす”…クラシック音楽評論家)の野村記念館で演奏会をやった。その時のお話…

N「僕の作品を特集してやって下さって。館長が(野村胡堂の)お孫さん。そこで宴会があり、東大出の検事正や法学部・文学部長やフランス語教授とかずらっといる。そこでダジャレで有名な池辺晋一郎作の有名な銭形平次のシャレを披露したんです。

N “館長!銭形平次の奥さんって、フランス人だったそうですね⁉”

館長 “そんなことありません”

N “私の先輩の池辺晋一郎という人がね、銭形平次の奥さんはフランス人だと言ってるんですが”

館長 “いや、違います”

フランス語の教授たちみんな耳を傾けて(何を言ってるんだという顔で)

N “フランス人だったんです。いや、そうなんです。1回だけ言いますからね、ちょっと聞いてください‼銭形平次が出掛ける時に、奥さんが石でカンカンなんてする時に、ひと言声をかけるんですよ!フランス人です奥さんは”

館長 “いやいやちがう”

N “いやフランス人なんです。なんて言うか⁉1回しか言いませんよ‼…出掛けるとき…ジュ・テ・モタ?…”

〈空白〉

N「そしたらね、野村館長1人分からない。周りの人はみんな可笑しくってひっくり返ってる訳ですよ」

Y「このネタもろた!十手持った!」(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

149nishimura

いずみホールで右から西村朗さん、クラリネット奏者のカール・ライスターさん、指揮者の飯森範親さん(2月2日)

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