150 父のマル秘フィナーレを語る 藤本芽子

なにわのヨッサン とっておきの【音楽交遊録】・・・・吉川智明(150

今回ご紹介する人物は、ヨッサンが毎週プロデュースしている番組「おとなの文化村」(毎週日曜深夜24時~)にゲスト出演して下さったお人。今回は、番組の流れのようにまずご紹介…とんでもない“サプライズ”が用意されていますからね。

村娘(番組アシスタント)がナレーション。「なにわトークコーナー・なにわなピープル人物列伝!なにわを語るなにわなピープル。今夜は、先頃“旅するコットン人形”とタイトルされた可愛い人形の写真が主役のポストカードブックを出版されたアーティストの藤本芽\sl79\slmult0 まい子\sl79\slmult0 こさんをお迎えしています。

芽子さんは堺市のお生まれ、4歳の頃にディック・ブルーナの絵本を観てアートの世界に興味を持ったのが始まりだとか、以来、色の組み合わせや紙を切ったり貼ったりしてのコラージュ作品を作り続け、雑貨屋さんの経営や小物デザインの仕事を経て、本格的にアーティストとしての活動をスタート。大阪ミナミ・アメリカ村のビッグステップで初の個展を成功させ、イラストレーターとしても“やなせたかし”さん(アンパンマンでお馴染みの94歳)責任編集の雑誌“詩とファンタジー”で2010年度年間イラスト最優秀賞を受賞されるなど大活躍…」フムフム…なかなかの才女だと言うことはお分かり頂けたでしょうが、“知らんナア??”の声が聞こえてきそう。次の紹介ナレーションで頷いて頂けるでしょう。「昨年亡くなられたお父様の藤本義一さんの新聞連載の挿絵を担当したり親子展も開催されたり…今夜は藤本家のお話も伺います」

ヨッサンの痛恨事の1つ…藤本義一さんにマイクを向けたテープが残っていないこと。“時間は5分で、近松(門佐衛門)と(井原)西鶴を”それぞれ語って頂いた。頭の中の引き出しから近松と西鶴のデータを取り出した藤本さんの滑らかな語り口。後年、ヨッサンがクラシックの音楽サロンでお喋りをするコツを伝授して下さったような唸る思い出。

奥様の統紀子さんとはFM大阪の番組で親しく交流。彼女が東京六本木交差点で経営なさってた“おでんや”はヨッサンが東京出張時の楽しみの1つやった。(北新地の板さんをこのお店に引き抜いて、大阪の“コクのある薄味のほんまもんのおでん”を提供。ある時、薄味なのに“コク”が消えていた。なんでやねん??!あの板さんを交通事故で亡くしてしまったと語る統紀子さん。数ヵ月後そのお店も消えてしまった)

さて、ゲスト出演の藤本芽子さんが対談で、お父さんのとっておきマル秘フィナーレの話を語ってくれました。

「最後1ヶ月ぐらい入院してたんですけど、その時母に、肺の病気だったんでちょっと苦しそうな声で“俺の茶色のカバンあるか~ァ⁉”ってゆうから、“パパあるよ~、持ってこようか⁉”って聞いたら“いい”“いい”って言うんですけど、“茶色のカバン、茶色のカバン”って言うんです。で、父が亡くなってから(整理していたら)茶色のカバンが“2つ‼”あったんです。1つは原稿用紙と万年筆が入っているんですけど、もう1つの茶色のカバン、パンパンになったのがありまして、母が開けるとですね、“お車代”とか“お茶代”とか…母が社長してるもんで、お給料(ギャラ)はそっちにいくじゃないですか、お仕事の。父は手渡しでもらった“お車代”とか“お茶代”をもう1つの茶色のカバンにとっても大事にしていて。パンパンになるぐらい入ってるんです…パパつこたらよかったのに…」と語る芽子さん。

ヨッサンは冷たい水をぶっかけられたようにギョっとした!!?数え切れない披露宴の司会をしたあの頃…たまに頂く“ご祝儀袋”の中身はすべて“ポケットないない”にした思い出が冷や汗とともに吹き出した。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

150fujimoto

藤本芽子さんとのツーショット

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