064 オーボエを選んだそのわけは… 宮本文昭③

お父さんは…伸びやかで高らかな声のテノール、お母さんは…優美で透明感溢れるソプラノ、こんな父母の間に生まれた赤ちゃんの第一声が“ガマガエルを踏んずけた”ような声だったらしい。その声の持ち主、宮本文昭が何でオーボエ奏者の道に進むようになったのでしょうか⁉そこには人生の綾…“もしか”“たら”“れば”の糸が絡んでくるから不思議です。M:宮本文昭 Y:ヨッサン

宮本文昭は語ります…

M「幼少の頃、両親とも音楽家だったんで、無理やりクラシックをやりなさい!って感じで、ピアノの前に座らせられて、ピアノを叩かされて、聴音(音を聴いて楽譜に書き取る作業)をさせられそうになったんだけど、僕はそれが大嫌いで、(大好きだったのは…チャンバラごっこ)ウチはクラシック充満してるんですよ!うるさくって、いやでしょうがなかったですね!(ホンマに嫌そうな顔つきの文昭)」

Y「どっぷり浸かった音楽環境で、豊かに育まれた文昭少年が…」

M「そんな絵に書いたような話には全然ならなかったですネ。泣いて反抗してましたヨ!僕はこんなこと(ピアノ)絶対やりたくない!こんな男らしくない商売はいやダッ!」

中学生になった頃、文昭少年は自問自答します。お前はいったい何が出来るんだ?これから何をやって生きていくんだ?“ああでもない、こうでもない…”何をするんだと考えている時に、親父さんが当時、NHK交響楽団で(テナーとして)定期演奏会で第九をやるんで日比谷公会堂へ。文昭少年は聴きにいったんじゃなく、付き人で(小遣いもらえるので、お弁当や飲み物を持っていったり)。さて、暇を持て余した文昭少年は、何気なく天井桟敷の1番上のところ行ってみると…

M「第九の1番有名な合唱とオケがドンちゃんドンちゃんやって、音がワ~っと伸びて、ブっと切れる、丁度その直前にドア開けて入った時に、大合唱・大楽奏~それがパッと止まって(終楽章、330小節、合唱はffで“Gott”オケはティンパニー以外ffのファルマータ)一瞬静寂になったときに、神々しい気持ちになり、鳥肌がゾクゾクと立ったんですヨ!僕はやっぱり、これ(=音楽)をやるべきだ…これだ!と思ったんです」

そこで文昭少年が取った行動は親父さんに向かって…

M「“実はいいたいことがある、今まで音楽は反抗してやらなかったんだけど、こないだ聴いた第九に痛く感動したので、ああいうのに参加したいと思うんだけど、どないでっしゃろ?”(Y「どないでっしゃろ…ヘタな大阪弁や」M「すんません」)そしたら親父が“お前、今さら遅いよ!とんでもない。お前に(音楽)始めようと言ったのは3つか4つで、あんとき始めてたら、何の問題もないのに…”」

でもそこは親父さん、早速(あっちこっちに)聞いて回った。ある指揮者の知り合いの方に“宮本ちゃん!あんたの息子にやらせるのに、丁度いい楽器があるヨ!オーボエって楽器で、これは、だいたいやる人が少ない!楽器の数も少ない!世の中に出回ってないから楽器を持ってるだけで仕事になるんだから、ヘタくそでも大丈夫だから、兎に角、息子にはこの楽器やらしたらいいよ!”またある人は“フルートはやる人(吹く)が多い、チューバやファゴットは出番が少ないけど、持ってるだけで仕事になる!…けど、オーボエは出番が多いヨ”と意見を聞いた親父さん。ある日“文~昭、チョッと来い!お前オーボエやれ!楽器持ってるだけで、食いっぱぐれがないんだから、今からでも間に合うから、早速、楽器探してやる…”と親父さん。最初は“骨とう品店”にオーボエを探しに行った…らしい。こうして文昭少年のオーボエ人生が始まったのであります。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

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指揮する宮本文昭さん。撮影=林喜代種

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