100 世界の指揮者のお見合い秘話 朝比奈隆・町子夫妻 ①

なにわのヨッサン とっておきの【音楽交遊録】・・・・吉川智明(100

おかげさまでこの連載も100回!今回はヨッサンの“宝物のメモリー”です。この朝比奈隆・町子ご夫妻へのインタビューはまさに一期一会。町子夫人がインタビューに応じたのはこれが最初で最後でした。

A:朝比奈隆  M:町子夫人 Y:ヨッサン

Y「先生!ご結婚されて、もう何年ですか⁉」、A「銀婚式…までは、まだ大分あるわな」、M「銀婚式は、もう済みましたよ!」、A「金婚式か。あのねェ、結婚したのは大東亜戦争と一緒なの。昭和16年(1941年)。結婚と開戦とほとんど同じ。それ以来ずっと戦争してる訳よ!!?」

Y「(結婚されて)42年ですか⁉今年(昭和58年、1982年)で」、M「そうなりますか…ああ、そうかも知れない」、A「だから金婚式まで、生きるか生きないかってとこでね」

Y「何を仰ってるんですか⁉それで恋愛結婚だったんですか??!」、A「恋愛なんて…気の利いたもんじゃないですよ」

Y「出会いなんか、奥さん、覚えていらっしゃいます⁉」、M「紹介してもらったんですよ」

A「銀座のなんとか言う喫茶店で、見合いしたんですよ。なんとかって店、覚えてるかアレ⁉」、M「全然覚えてませんねェ」、A「松屋の筋向かいくらいの喫茶店でね。僕の方は姉が一緒で。もう親居ませんから。こちらは…お母さんがみえてたあな?」、M「母と、そのお姉さんが、知り合いだったんです」、A「ご縁があってね。あのお嬢さんどうだって事で。写真持って来たんだけどね。普通、そんな写真だったら、裾模様か、振り袖なんか着てさ、斜めになって、こんな格好してるでしょう。そんなんじゃないんですよ。普段学校行ってるような格好してるのでね。私の方は、(コンサート用の)ポスターへ出てるのもあるし、舞台(演奏会)も見ようと思えば観られるし」

A「そいで、そんな時も綺麗にして来るかと思ったら、学校の帰りみたいな格好でしてね」、Y「覚えてらっしゃいます⁉今でも」、M「ハイ。着飾って見て欲しくなかったんですよ」、A「恨み骨髄だから、覚えてますよ」、Y「普段着の姿を見て欲しかったとか?」、M「そうですよ」、A「変に自信があるんですよ」

Y「朝比奈先生をご覧になって、どう思われたんですか?」、M「どうって事なかったですけどねェ…」、Y「なかなか、ええ男やなぁとか」、M「別にそんな事思いません、そんな…ねぇっ」

ま、兎に角、喫茶店でお茶一杯飲んでの御見合いだったとか…。

Y「それで、いっぺんに気に入られたんですか⁉」、M「いえ、それから音楽会行ったり、なんかした訳です」、Y「いわゆる、今で言う“デート”を⁉」、A「いやいや、音楽会ってのは、僕がやってる音楽会を。僕が棒振って(指揮して)んのを観てね、阪急の仲間に言わすと“君んとこの女房は日比谷の公会堂で聴いてて、うん、あれならいけるって言ったそうだ”ってことになってるんですわ。僕の演奏会聴いててね」(Y「はあぁ…」)

M「そんな事言ったって、お嬢様、いかがでらっしゃいますかって、仰るからね、結構なものでございますって言ったんです」、A「そうすっと、それが“あれなら、いける”と、こうなった訳ですな」、Y「酒の肴みたいですね、あれはいけると」

A「それで、僕の方も、兄貴から、どうだどうだって言われて。同期生の友達がね、家内の里の会社の田辺製薬の重役してまして。それが電話かけてくるしね、どうだって。(彼女は)名門なんですわ、田辺さんのお嬢さんですから。まぁ、それで嫁に来たんですわ。それから、おんなじとこに住んでるんです」

記憶のフィルムを回しながらの想い出話しはまだまだ続きます。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

100asahina

朝比奈隆・町子さんご夫妻

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