126 35年前のインタビュー 大原麗子

4年に1度…といえば“五輪オリンピック”に“ワールドカップ”“うるう年”もそうや、大阪人なら忘れてはいけないのが“食の博覧会”そして4年に1度といえば、我が夕陽丘高等学校19期生学年同窓会の年で、先日開催!!?(年寄りになってもオリンピックイヤーに開催すれば、みんな思い出すやろう…と考えた)

司会は(いやや、いややと言いながら)ヨッサンが。“さすが名司会”“うまい!名調子!”と言われるのはプロやから当たり前や‼やっと自分の席についたら…クラスメートの女性から声を掛けられた!“いつも読んでるワヨ!大阪民主新報を‼”40数年前は会話を交わした記憶はない…あのおとなしい…彼女が八尾市議会議員をやってるやなんて。政治家やんか!!?(谷沢ちか子…旧姓佐藤)

そや、政治家で思い出した!30数年前、仲良くしていた宝塚歌劇団花組トップスターの松あきらさんが、宝塚をやめてから政治家に変身したのには驚いた‼(二人で阪急電車に乗って京都まで行った間柄⁉)最近、政界引退声明発表した時に思い出した。“せや、松ちゃんがあの亡き大原麗子さんにインタビューしたテープが残ってる筈や⁉”(やっとこさ)見つけた~ァ‼

5月20日の日付がテープ箱に記してある。(実は1977年、TBS地下喫茶店にて収録)。いよいよテープをセットして再生…

R:大原麗子  M:松あきら

M「今夜は、是非お会いしたかった大原麗子さんをお訊ねしました。今晩は…」鼻にかかった松ちゃんの声をかき分けて…

R「今晩は、どうぞよろしく!」可憐な声が飛び込んできた。もう、ヨッサンはこの声にコロリ‼

M「いつごろから俳優になろうと思ったんです?」

R「なろ~と思ったのは高校生ぐらいの時ですネ。その前はネ…スチュワーデスとかアナウンサーとか観光バスのガイド…あ~いうのをやりたいナアと思ってた」似合う似合う!このキュートで甘いハスキーヴォイスで語りかけてくれたら…癒されるワ!

M「いくつぐらいで芸能界へ?」、R「18か19ぐらいです」(正確には1964年、18歳の時)

M「苦しかったこと、沢山ありましたでしょ⁉」

R「うん~…(トーンが低くなって)そう…(声のトーンが急に高くなって)今も苦しい~(ハハハ)」高笑いもまた可愛いいヤ‼

M「俳優さんって、どんな勉強なさってるのかナア??!」、R「(小さくか細く)…勉強してない」いじらしい声や!

M「すべてが勉強ですからねェ」、R「そうですネ。私はネ、本読んだりすることが多いのネ」

M「どんな本??」、R「“丸山健二”さんとか“赤江瀑”さんとか“夢野久作”さんとか、色んな人の本読むの」

M「本読んでて、こんな役やりたいな…とか」、R「私“悪い女の役”やりたいのフフ~ン」もう、ヨッサンは喜んで騙されるわ。

M「歌とかお好きですか?」、R「歌…聴くのは好きです。歌うのは…ヘタなの。1曲だけね、みんなから褒められる曲があるのね…“プカプカ”って曲。アングラソングみたいなの」西岡恭蔵が歌ってた“俺のあん娘は煙草が好きでいつもプカプカ…”ご存知かな⁉そう言えば、あの時、我々よりも早く待ち合わせの喫茶に着いていた麗子さんは紫煙をくゆらせて待っていたっけ…。アントニオ・猪木は御免だけど、麗子さんの平手打ちは喰らってみたい…そんな美しくも可愛いいマドンナでした。(テープはまだまだ続きます)

この翌年1978年に「寅さんシリーズ」のマドンナ役に遂にシリーズ最高という噂の美女登場!第22作“噂の寅次郎”の早苗役。何と1984年、第34作“寅次郎真実一路”の主婦ふじ子役でも登場。しおらしさがたまらない‼

大原麗子さんの歌う“ピーコック・ベイビー”(1968年録音)CDがFM大阪にあったのだ‼聴いてビックリ…○○(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

126ohara

大原麗子さんが歌う『ピーコック・ベイビー』CDジャケット

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