131 牧師の言葉で憎しみが消え 新垣勉 ②

ラジオ少年だった勉君は、「ある時、ラジオから流れてきた“賛美歌”を聴いてね、何気なく礼拝に行ったんですよ…、牧師さんに自分の思いのたけを話した訳です(普通の子供はすくすく、すこやかに育っていくけど)。

僕は生後間もなく誤って劇薬を点眼され失明、両親は1年も立たず離婚し、父親はアメリカに帰国、母親はすぐに再婚。祖母にそだてられたけど、その祖母も12歳の時に亡くなり天涯孤独に。

“あんな父親なんか許せない。いつか自分もアメリカに行って父を殺すんだ!母も許せない。自分を置いて自分だけ勝手に出ていって再婚し、自分だけ幸せになりやがって‼“―そんな、憎しみ、恨みを牧師さんに話した訳ですよ。

牧師さんは何も模範解答的なことも仰らないで、ジ~っと聞いて、涙ぐんでる雰囲気が伝わってきた訳ですよ。言葉を越えて、自分を受け入れ、自分のような人間のために、そこまで心を砕いて自分のことのように思って下さる…それに感動しましてね、自分も頑張っていかねばならない。16歳の少年なりに色んなことを考えました」

その牧師さんは、土曜、日曜になるとお宅に勉君を呼んで、一緒に食事をしたり、音楽好きの家庭なのでみんなで合唱したり、勉君の誕生会を開いてくれたのです。

混血のレッテルをべたべた貼られながら僕は生きている。それを乗り越えて勉君は天真爛漫に振舞うのでした。

“お前は歌がうまい!歌える‼”と言われ、よく皆の前で歌います。お風呂の中でも…

勉君「銭湯歌手って言ってましたね。皆が拍手をくれる訳ですよ、美空ひばり、三橋美智也の歌や、物真似が好きで、橋幸夫、舟木一夫(間髪を入れずヨッサンが“潮来のいたろ~お…”と得意の一節。負けずと勉君が“すきなんだけど~”と西郷輝彦の物真似を…スタジオがカラオケルームに⁉)

兎に角、銭湯で歌うとエコーがかかって、蒸気が昇るでしょ。気分が乗るんですよ“じょーきげん”(蒸気げん…上機嫌)」うまい‼駄洒落は天性のものなのか、インタビュー中も何度か。

高校時代、ラジオから流れるオペラのテノール…ステファーノ、マリオ・デル・モナコ、ベニアミーノ・ジーリ…などを聴いて感動した勉君は、な、なんとあの黄金のテナー歌手デル・モナコを育てたバランドーニ先生から“君の声は日本人にはないラテン的な明るい響きだ。この声は神様からのプレゼントだから、この声を1人でも多くの人に、慰め、励ます…そういう歌を歌いなさい。お金がなくてもいいから(先生の住む神戸の岡本宅に)レッスンにいらっしゃい”と言われ、沖縄から通いました。

そうそう、寸暇を惜しんで“なんば花月”で落語を聞きに行ったとか。音楽と落語…“間(ま)”の取り方が勉強になるそうです。

バランドーニ先生に認められた勉君「自分の“声”はラテン系の血をもつ父からもらったものだ…神様からのプレゼント…このひと言で父や母への憎しみがす~っと消えていった」と語ります。

そして先生からこんなことを受け継ぎました。

「私はよく教育セミナーや講演会に呼ばれる時に、“子育て”でも“人間関係”でも、その人の持っているいい面を引き出していくこと、“加点法”でいくと、もっと人間ハッピーになれるし、みんな伸びてっていい方向にいく。教育でも家庭でも“減点法”じゃなくて“加点法”でして下さい」と。

小学校時代の成績は“行進曲”だったと語る勉君。(行進曲=1、2、いち、に)まさに“加点法”で誕生したテノール歌手。どこかの“長”に聞かせたいワ‼(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサ)

131nigaki

新垣勉さん

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