137 いつも腰低く、目を輝かせ 西川きよし

選挙中は平身低頭…バッジをつければへっぴり腰や及び腰、腰抜け、腰砕けの議員さん、結構いるんだな。今回ご紹介する方は違いますよ!議員になる遥か前、芸能界にデビューした当初から腰が低く、超多忙な芸能人になってからも腰が低く、議員になってからも、やめてからもやはり腰の低いお方。

西川きよしさんは今年66歳。いまや吉本興業の重鎮におなりになりましたが、彼にマイクを向けたのは1976年12月18日、30歳の時。達磨さんのように手も足もだせないくらい超多忙なスケジュールの隙間をぬってホテルプラザのロビーにやっと現れた西川さん、ひと目会ったその時…から惚れました⁉きちっとした身なり、そして“腰の低い背中が丸見えのお辞儀”を。

宝塚スター順みつきとの対談が始まりました。(ディレクター兼ミキサー…ヨッサン)

N:西川きよし J:順みつき

J「TVのチャンネルを回すたびにお目にかかっていますので、初めてお会いした気がしないんです」、N「お陰さまで、ひねると出てくる水道みたいなもんですよ」(笑い)

J「何本くらいもっていらっしゃるんですか⁉」、N「今、12本やらせてもらっています」

J「睡眠時間はどれくらいですか?」、N「眠れない時は2時間とか最高でも5時間くらいですね」

J「からだ大丈夫ですか?」、N「なんとか“目一杯!”頑張っています」(笑い)

J「どういうキッカケで今の仕事に入られたんですか?」

N「学校卒業して自動車修理工をしていましたが、どうしても芸能界への夢が捨てきれず、最初、ミヤコ蝶々師匠のお宅に電話しまして断られ、やはり電話ではなくて自分で行動しなくてはと思い、藤田まことさんの所へ行ったんですが、これも断られ、白木みのるさんにも、佐々十朗さんにも断られた末、やっと石井均師匠が弟子にしてくれたという訳なんです」

J「そういう経験が今の根性につながっているんでしょうね」、N「そうですね。それと両親の“しつけ”と師匠の礼儀作法やと思います」…そうなんや‼

J「これは当たり前ですが、コンビのやすしさんと、どんな時でも呼吸がぴったりで感心するんです」

N「息や間(ま)という意味では、二人会ったら合わせたりしています。最初5年くらいまではほんとによく練習しました。5年経ちますと相手のしゃべる寸法とか出方とかが肌で感じるようになるんですね。今は15分の漫才で原稿用紙400字詰め20枚ぐらいですけど、40分から1時間あれば覚えますね。前は1週間かかってましたね」

J「私なんかはまだその1週間の段階なんですよ。相手との呼吸とか間(ま)がなかなか飲み込めなくて、今日はそれを教えて頂いて得して帰ろうかなんて思ってるんですが…」

N「いや、僕は芝居がかったものは全然ダメですね」

J「でも同じだと思うんですよ、特に漫才は難しいと思うんですけど」

N「難しいですよ!漫談は自分でネタ作って自分の間で出来ますけど、漫才は瞬時に変わって役になりきって瞬時に変わって相手役になり、落語以上にテンポが速いでしょう」

J「表面では私達ゲラゲラ笑って見てますけどねえ…」

N「10ん年やらないとメシ食えないと昔の人が言ってますが、実感としてよく分かります。ある先輩に聞いたんですけど、芸能界に入って3回チャンスがあるんですって。1回目のチャンスを失うと3年か4年まわって来ないんですって。2回目を逃すともう10年来ないというんですね」

J「今とても乗ってらっしゃるでしょ。お忙しいのにいつも目が輝いてはるんですね。偉いなあ…とおもいます」、N「“ええ目薬”使ってますからね」。録音機を回しているヨッサンも目からうろこが…ポトリ。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

 

1970年代の西川きよしさんにスポットを当てた「吉本百年物語」12月公演チラシより

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