140 姉の大学の文化祭がきっかけで… ソプラノ歌手 幸田浩子②

美人……こんなフレーズをしたためた作家がいた“月光を肌に塗り、闇で髪を染めた美女”…よ~お、考えつくもんや!今回の美人・幸田浩子の最新CD「ワルツの夢~幸田浩子・イン・ウィーン」のジャケット写真を眺めていたら、ふとこの名文句を思い出した。ソプラノ・オペラ歌手…まずは①“声が美しく音感がいい”②“歌う表情が多様である”③“仕草、演技が絶妙”それに④“容姿淡麗(もとい)端麗である”…

その昔、今年生誕200年のヴェルディの(今では不朽の)オペラ「椿姫」の初演は大失敗だった。主役のビオレッタ役が④の条件にかなり、否、超不適格なほど肥満だったため、満員の会場から冷笑・失笑が漏れたとか。

ならば幸田浩子さんのCDジャケット写真(裏面がこれまたグッドの)彼女の歌声に酔いしれてみてください。ワルツ王・シュトラウスの“春の声”やレハール作曲のオペレッタ「メリー・ウィドゥ」から“妖精ヴィリアの歌”…ホンマ、とろけるような歌い口。(ヨッサンはこれを聴くと50年以上前のことが今も疼くのだ!??学校の成績や運動会はいつも“びりや”った)

K:幸田浩子  Y:ヨッサン

さて、Y「具体的に音楽を学んだっていうのはいつから?」

K「写真で残っているのは1歳の時にピアノ弾いています……1番大きな玩具がピアノだった。(さすが、両親の音楽愛に育まれた…どっかの首長も“愛”やゆうて一文字書きしてはったナア)ピアノもやったり、ヴァイオリンもやったし、クラリネットもやったし、どれも定着せず」

Y「歌のレッスンなんてもっとあとの話でしょ⁉合唱部は?」

K「子供の頃、小学校3年生くらいから6年生くらいまでかな」どうも歌への憧れやレッスン体験はなさそうなのだ。

Y「じゃあ、中学に入った浩子お嬢様はどういう?」

K「豊中13中(市立第十三)だった。クラリネットちょびっと、コーラス部にも入ってないし」

Y「中学…パス‼」

K「高校も音楽あんまりやってないですよ。軟式テニス部だったし」

Y「ひらひらのスカートはいて、ウッシッシ‼…(“あれはスコートちゅうねん”と編集長の声)」

Y「高校はどこですのん?」

K「豊高(豊中高校…加古隆さんも卒業)テニス好きで、真っ黒になるまでテニステニス」

Y「それでも毎日発声練習はやっとった⁉」

K「いえ、歌い手になろうとも何とも思ってないので…」どないなってんねん、歌い手への道のりが見えてこないのだ。焦るヨッサン。

Y「ほな、いったいこったい、東京芸大を受けるキッカケはなんやったんですか??!」

やっと語ってくれた歌への道…サイダーを注いだように口元が弾みだした。

K「それは姉の文化祭に行った時のことです!(お姉さんは東京芸大でヴァイオリンを学んでいた)ほ~んとに楽しかったんですよね‼芸大のオーケストラの人達がヴァイオリンとか演奏して、舞台美術は芸大の美術の方達が造って、指揮の方が指揮して、歌の方が歌ってオペラが出来たりとか(彼女の言葉をそのまま表記…ウキウキと喋っているのがよく分かるでしょ)みなさ~ん生徒さん達だけで、凄い楽しいブラスバンドやってらっしゃったり、ジャズのセッションやってらっしゃったり、な~んて楽しい学校なんだろう‼…と思ったんですね。

で、音楽するならここでやりたい!ここにいたい‼芸大に入りたいな~ア、何て素敵な空間だなア。それまでは外交官になりたいなあと思ったし、やりたいことは色々。だから“いち音楽家”になりましょう…ってことなかったんです」

こうして未来が太陽のように眩く彼女の前に輝いていったのであります…。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

140koda

幸田浩子さんのCD「ワルツの夢」ジャケット

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