163 12年がかりで書いた最後の色街 井上理津子 ①

次回はどなたにスポットをあてましょうか⁉と編集長に尋ねたら、「この間、『大人の文化村』(ヨッサンの番組)のゲストに、『さいごの色街 飛田』を書かれた井上理津子さんが登場しはったでしょ⁉是非、この欄に書いて欲しいワ‼」

編集長の(珍しい)ほんのり甘いお願いに「あいよ」と二つ返事したヨッサン。

…したのはいいが、ここからが困った…

1時間、2時間経っても“筆⁉”が進まない…自分の体験を踏まえながら書く訳にいかないし、自分は全く興味がないんで、なんて、そんな恥ずかしいことも言えない。

ままよ!今回はフリーライターの井上理津子さんの生の証言を紹介するのが一番や‼

さて、井上さんは、昨年の「なにわ名物開発研究会」主催(なにわのいちびりさんの中から)第15回なにわ大賞の準大賞を受賞されました。

受賞理由は、

「大阪の中でも特に独特の世界が広がる“飛田”。“最後の色街”と言われるこの場所をフリーライターの井上さんは12年の歳月をかけて取材。遂に平成23年(2011)に筑摩書房から出版されました。女性ライターの目を通して描き出される飛田の姿は、今まで誰も書けなかった大阪そのものかもしれない」

…この簡潔な文章の行間に、どれほどまでの取材ドラマ…驚愕・恐怖・驚嘆・悲痛・侮辱・諦観…があったのか??!やっと1年近く経って、先日、井上さんにスタジオにお越し頂き、お話を伺ったのであります。

単刀直入に、何故、飛田を選んだのか、聞いてみた⁉

井上 「そもそものキッカケは凄い軽いノリで、“月刊船場”をご一緒していた仲良しのライター中野晴行さんがいて…彼、早く東京へ行ってしまいましたが…私が東京行った時に、筑摩書房の編集者と中野さんと神田で飲んでいて、中野さんが言ったんです。

“やっぱ、憎いけど、東京はでかい、町はでかい”って。でも大阪にしかなかったもんで、飛田は東京にないよな~ア”って話をしてきて、〝井上さん!記録しとかへんか⁉”と中野さんが言い出した。1999年の秋です」

それまで、旅の仕事と旅で街を歩く仕事と、女性関係から入って、人権の仕事をやっていた井上さん。「その延長線上であの街(飛田)は興味の対象ではありました」

その飛田の記録は橋爪伸也氏が監修してはいたけど(2004年に出版された…これはあくまで写真・記録集だった)

1999年、井上さんの取材魂がフツフツと湧き上がる(燃え上がる)

「1999年12月から2011年の書き上げまでを“前期、中期、後期”と自分で呼んでいるんですけど、最初の3~4年、一生懸命アプローチして、やみくもに(飛田の取材に)行ってたんですけど、その3~4年に、やっぱり受け入れていただけない街だと言うことが分かってきて、ちょっと引こうというか、やっぱ無理かなァ~??っていう気持ちになって…

やみくもに行ったけど、ほぼ相手にされない状況。何人かの組合の方とはお会いさせて頂いたけど、手に負えない街だなあと思って…ちょっと資料的な歴史をゆっくり調べることに邁進しょうということになりました」

ここまで書いて筆が止まってしまった。皆さん!まだの方、是非この「さいごの色街 飛田」をまず読んで下さいな‼

さっきジュンク堂難波店に行ってみたら。この本が4、5冊立てかけてあった。

それにしても、足掛け12年もかけてやっと出版にこぎつけたのが2011年10月25日。最初4500部売れたら採算がなんとか取れると言われていた。それが、な、なんとその販売部数が⁉それは次回に。(よしかわ ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

163inoue

井上理津子著「さいごの色街 飛田」表紙

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