165 念願の坂田三吉を演じた俳優 緒方拳

40年以上前、ヨッサンのアナウンサー養成学校時代の先生の台詞。“美しい花を見たとき君たちはどんな言葉を発しますか⁉”みんなそれぞれ褒め言葉や美辞麗句を探していたが…先生の答えは“無言だ!”つまりあまりの美しさに出会ったら“声が出ない”。“感嘆符!”なんだと。

ヨッサンがこれに似た体験をした。7年前、インタビューをしたのは西宮市出身で14歳で留学しアメリカで研鑽を積み欧米で活躍中のヴァイオリニスト・吉田亜矢子(アヤコ・ヨシダ・アルヴァニス…ロンドン在)彼女がインタビュー中に“私は坂田三吉のひ孫です”…突然の一言…声が出ない…唖然・驚嘆のヨッサン…であった。

*坂田三吉(1870~1946年)…“吹けば飛ぶよな将棋の駒に~”村田英雄の王将の歌がパッと口ずさめる方は相当なおっちゃんかおばちゃんや。今年生誕100周年の作家・織田作之助はこう綴っている「大阪には異色ある人物は多いが、もはや坂田三吉のような風変わりな人物は出ないであろう。奇行、珍癖の横紙破りが多い将棋界でも、坂田は最後の人ではあるまいか。坂田は無学文盲、棋譜も読めず、封じ手の字も書けず、師匠もなく、我流の一流をあみ出して…」将棋好きの織田作らしい誇らしげな洞察力の文言が綴られていく。織田作は三吉の次の年に亡くなった。

*三吉愛用の筆について大山勝男氏のこんな記述がある「三吉の孫吉田陽子さん(神戸市)が保管してきた筆で、昨年秋、ロンドン在住の陽子さんの長女のヴァイオリンコンサートに、あの歌の上手い内藤國雄九段が足を運んだのをきっかけで交流が始まった。2009年春、内藤九段が贈った扇子のお礼にと、陽子さんから筆が渡された」。このヴァイオリン奏者こそ“吉田亜矢子さんだったのだ。

あれは1976年のこと。今は跡形もない北浜の三越劇場に、絶頂期を迎えようとしていた緒方拳さんのインタビューに行った。勿論、出し物は戯曲「王将」。なんせ、緒方さんが高校3年の時に舞台「王将」を観て感激し俳優の辰巳柳太郎に憧れ、学校の文化祭で「王将」を上演。自ら坂田三吉を演じたというから半端じゃない。

そんな緒方さんが、よぼよぼになった三吉を表現するため、いかにもフケ役のカツラメイクをして出演。昼の部が終わって(夜の部までの間の)丁度、昼ご飯を食べながらのインタビュー。いでたちは、パッチにラクダ色のシャツ姿。(確かカツ丼…勿論将棋に勝つ!!?)もう、三吉役が楽しくて仕方がないのか食べる舌と喋る舌が絡み合っていた。

この王将…「僕の師匠の辰巳先生とか、阪妻さんとか、いい作品がありますから比較されちゃいますよね、ですから何回も何回もやりこんでいく以外にしょうがない。その内に自分のものにしたいと思っています」。自らのライフワークだと語る緒方さん。

…と、こんな話を「数日前飲みに行きましたらね、おっちゃんが“あんた、あんな辛気臭いきたないものじゃなくて綺麗なものやれ!”って言うんです。(公演が丁度12月)暮れだからね。でもこの頃どうしても男の叙事詩みたいな芝居が少ないんだ。そう言う意味で(この芝居は)、坂田三吉を中心にして、それを囲んでいる人達の叙事詩だと思うんですよ…“交響曲”ですヨ‼ですからあんまり(お客さんの)入りはよくない」

だからグサッとこう語った。「僕はミュージカルはやりたくないんだ。普段の台詞がね、普通人間のしゃべる言葉が音楽だと思う訳よね。それを余計音楽に乗っけて喋る必要はないと俺は思う。色んな声があってそれがハーモニーになっていって…でも観るのは好き」きっと天国で交響曲“王将”を奏でている事だろう…。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

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通天閣の下にある、坂田三吉を顕彰する「王将」碑=大阪市浪速区内

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