184 ボビン工場に舞い込んだリコーダー作りの仕事 竹山宏之①

かの“音楽の父バッハ”は8歳で合唱隊に所属し、玉を転がす天使のボーイソプラノだった。モーツァルトはお姉ちゃんの弾くフラヴィーア(鍵盤楽器)の虜に。ベートーヴェンは親父が宮廷楽団歌手でスパルタ音楽教育を叩きつけられた(かわいそ)。シューベルトはチェロを親父に学んで目覚め、今年生誕200年のワーグナーは15歳の時にベートーヴェンの“第九”を聴いて脳天をかち割られ…もとい、雷を打たれ、もうひとりの生誕200年記念のヴェルディは大作曲家につきもののエピソードがまったくあらへん。

♬  この交遊録で取り上げた演奏家もほとんどがピアノやヴァイオリン、フルート、合唱…などがきっかけ。

今回ご紹介する“リコーダー”の“リ”の字が出てきたためしがないのが不思議と言えば不思議。ほとんどの方は小学校などでリコーダー体験をお持ちだし。ヨッサンのクラシック番組の相方など“リコーダー隊を編成して東京五輪音頭を吹いて商店街を練り歩いた‼”と1964年を昨日のことのように語っていた。

…が、ヨッサンはリコーダーを吹いた記憶がない‼どうやら小学校を4回転校したからチャンスがなかったのかも。そんなヨッサンに“アジアンリコーダーフェスティバル2013”の司会の大役が回ってきた…木管だけに“こりゃ勉強せなアカン(管)わ⁉”

11月3日放送。ヨッサンのクラシック番組のゲストにリコーダー作りの名手・竹山木管楽器製作所の竹山宏之さんがやって来た。スタジオ一杯にリコーダーのゆらぎの音色が響き、ハートがトロ~ンと癒される。

T:竹山宏之 Y:ヨッサン

Y「ええな~ァ…この音。知ってるようで知らないリコーダー。いったいこったい何でまたリコーダーを作ろうと思われたんですか⁉」

T「50年程前、父親が紡績の“ボビン”を作ってたんです」

Y「ボビン??!なんですのん?」

T「糸を卷く木の筒です」

Y「ハイ、ハイ、5~6センチの丸い筒みたいな」

T「ハイ、大きいのは30センチもあるんですけど、そんな“ボビン”を作ってたんです。当時はプラスチックのリコーダーが日本で普及してて、木のリコーダーがまだ普及してなかったんですね。それで、東京の方で楽器を扱う会社がありまして、“どっか、木製のリコーダー作ってくれるとこないかなあ”ゆうて、探してた…ら、私とこに“白羽の矢”が立って、その会社の方とリコーダーの演奏家で設計もされている方がおみえになって、それが話の始まりです」

Y「それでお父さんが“よっしゃ!わしが作る”ゆいはった訳や」

T「それがなかなか半信半疑で、父は音楽の“お”の字も解らない。それにかなりの数の本数でしたので(この原稿を書くに当たって聞いたら…“300本”)…“これはだまされてるのんちゃうか??!”…それから悩みながらも、いわゆる“職人魂”がむくむく、“なんでも挑戦してみたろ”という気持ちが強かったもんで、それから試行錯誤しながら2年がかりで考えて…実はリコーダー作るには60工程ぐらいの作業があるんです」

Y「へェ~ェ?1本の棒をくり抜いて“ペッペッペッ”と穴あけて…ちゃいますのん⁉(アホな質問や)」

T「その為には、人間の手だけではそんな(注文の)数が出来なかったので、その人間の手を助けてくれる機械の開発から始めたんですわ。それで手作りの機械を何種類も作って…ようやく完成したみたいですね」

先人の偉大なこと。竹山さんの語りには一切“ホラ吹き”はありませんでした。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

184takeyama

竹山木管楽器製作所のリコーダーたち

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