008 初代愛猫タンクくんの亡き後は… 中村紘子②

なにわのヨッサン とっておきの【音楽交遊録】・・・・吉川智明(008)

“ネコのように怠けて好きなことをして日だまりで寝ていたい” …こう語ったのは大佛次郎。そう「鞍馬天狗」を書いて一躍有名になった作家…このお方が「鞍馬天狗」よりも有名なのは… “ネコ好き”。50 年以上の作家生活で、飼ったネコの数がな、なんと500匹以上‼というから半端じゃない。

ある月刊誌で着物姿の大佛次郎がこぼれんばかりのホトケ顔で、ネコに餌をやっている写真を見て驚愕… 10 数匹のおネコ様が列を作ってお召し上がりになっていた…あんぐり‼

大佛次郎の家の障子はいつもどこか破れていたとか、戦争中に疎開するのを諦めたのはネコがいたからとか、自分のお墓の隣にネコのお墓も用意しようとしたとか、まァ、大佛次郎は名は体を現す…野良ネコにも餌をやる…ほとけ…ほっとけなかったんでしょう。

さてさて、話変わって皆さん、この人は誰でしょうか? 「ヨハネス・クリュソストムス・ヴォルフガングス・テオーフィルス…」えらい長いナア! 実はモーツァルトのフルネームなんですヨ。では「レオナルド・ダ・ピッツィカート・フォン・フィリックス」は?

わからんやろネエ…ピアノの名花中村紘子さんの初代愛猫シャム猫のタンク君の本名なんです。何でタンクかというと、晩年にご主人庄司薫さんが猫名を「タンク・タンクロー」と改名したからだとか。

そのタンク君が亡くなったのは1983年5月28 日。18 歳の大往生でした。

あれから何度となくご一緒にお仕事もしました。フェスティバルホールでの中村紘子(ピアノ)暴君?スヴェトラーノフ指揮・ソヴィエト国立交響楽団のライブ収録(ラフマニノフの協奏曲2番ほか)のプロデュースや京都産業会館で仲良くDJを――。気になるのは中村さんの“二ャン病”の事。1990年の暮れに思わず電話してしまいました。

(N:中村紘子 Y:ヨッサン)

Y:FM大阪吉川です。

N:あ~ら、お久しぶりです。(と、耳をくすぐるほんのり甘~いトーン)

Y:(タンク君が亡くなってからは)マンションにやって来る野良猫達を相手にしてたんでしょ?

N:それがですネ、3年前から又飼い始めたの。

Y:名前は?

N: 福田たば子…。(ご主人庄司さんの本名は福田さん)

Y:ハァ??!!

N:実はネ、1987年にスペインへ行く時だったワ。主人が禁煙宣言をしたんです。それまでは、又猫に死なれるのがイヤだし、留守も出来ないしで、ガマンしてたんですけど、“よ~ し、禁煙記念に飼おう‼”ということになって…、これが(獣医さんに薦められた)山猫の様に斑点のついた“オーシー・キャット”って言う珍しい猫なの。

Y: ハァ~ ? オーシーキャト??

N:でもネ、この猫、野生的でしょ。人に触られるのがイヤのネ。だから、イライラが続いた訳。そしたら犬好の主人が“犬を飼ったらうまくいくんじゃないか?”って言うもんだから。

Y:どんな?

N:これがダックスフンドの毛が長いミニチュァで2キロくらいかしら。

Y:名前は?

N:ゴマメ…。

Y:ハァ~??

N: ゴマメ…お正月に食べる…。2年前にやって来た時、黒くってちっちゃくて、まるでゴマメみたいって言うんでつけちゃった。今、家の中で猫と走り回っているワ。

…犬猫の会話帳は電話帳のように膨らんでいくのでした。

実は、“たば子・やめ太”とペアで飼う事にしてご主人は煙草やめた!となる筈でしたが、“たば子”だけ飼うことになったので、今もご主人は煙草は吸っているそうです。その“たば子”も一昨年20 歳で亡くなりました。なんと言う大往生。

尚、ワンちゃんのミニチュアダックスは「ゴマメ」「ウルメイワシ」と続き、現在は「ウリ」ちゃん。先代の2匹にウリふたつなので「ウリ」ちゃんだとか!(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

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愛猫タンク君との写真を収めた中村紘子さんのCDジャケット

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