156 思わぬ人との結婚話にはふれず 笹田和子③

なにわのヨッサン とっておきの【音楽交遊録】・・・・吉川智明(050)

ヨッサンの汗と涙が溢れる渾身の50分特別番組“あるプリマの歩み”では続きを…。

ナレーター「プリマとしての全盛期に彼女と同じ舞台を踏んだ人達に意外な顔ぶれがありました。ダークダックスの面々です」
D1「ダークダックスと笹田和子という感じはなかった、あの頃ね。藤原歌劇団の合唱団員とソリストの笹田さんという関係」
D2「慶応の(男声合唱)ワグネルソサエティが第九を唱う時にソリストで笹田さんが来た。合唱団員とソリストが演奏旅行の時楽しく遊んでました」
D3「アイーダが印象的ですね。東京でもやりましたし、大阪公演やって、その時笹田さんがおトイレに入った時に藤原歌劇団の男のメンバーが戸を開けちゃって“ぎゃ〜”となって大騒ぎに」
D4「トイレ開けっちゃった話は名古屋。昔の公民館。楽屋のそのまんまドア1つでもってトイレだった。キーがかかるのか、かかんないのか、コーラスの男が開けて、中からあのソプラノで“ぎゃ〜!!”そしたら、すぐ閉めりゃいいのに、その男がね、おたおたしちゃって、ペコペコお辞儀して…」(大爆笑)
BGM(笹田和子が歌うワーグナー)〜拍手〜

ナレーター「戦後は藤原歌劇団から二期会へ。ドラマティックソプラノと讃えられた美声を武器に多くの作品でプリマを演じてきた笹田和子。その後フリーとなり、昭和32年、生まれ育った大阪に帰り関西のファンにもその歌声で魅了したものでした」
音楽(ヴァイオリンの心に沁みる音)〜BGM
ナレーター「ソプラノの笹田和子に対して、もう一人、関西が生んだ名ヴァイオリニスト辻久子さんはこう語ります」
辻「家がわりと(近く)私は宝塚におりましたし、笹田さんも清荒神でしょ。しょっちゅう遊びに行ったり遊びにみえたり。いつもお母さんと一緒ですね。私の方も父(吉之助…久子を日本一のヴァイオリニストにさせるんやと過酷なスパルタ教育を施す)がおりましたから。当時ジョイントで笹田さんとコンサートしましたが、いくらヴァイオリンがいい音だといっても人間の声には叶わない。人間の声って素晴らしいと初めて思ったのは笹田さんですね」
BGM(辻久子が奏でる“我が母の教えたまいし歌”)
音楽(ワーグナー作曲“マイスタージンガー前奏曲”)〜BGM〜
ナレーター「現在の大阪フィルの前身、関西交響楽団の第1回定期演奏会が開かれたのは昭和22年。笹田さんはその公演でもソリストを務めています。現在、カラヤンと並んで世界の現役最長老指揮者で、大阪フィル音楽監督でもある朝比奈隆さんは…」
朝比奈「天与の美声というか、持ち前の声がよかったんで、日本人に珍しい、ああいうタチの声はなかったようですね。癌であろうが何であろうが病気であることは同じなんです。立派にくぐり抜けた訳でしょ。もうこれから先いけば、年齢的に自然死に近づいてる。関西の女性の明るさとしたたかさを持ってますね!!」
BGM(朝比奈隆指揮大阪フィルのワーグナー)〜FО

ナレーター「歌一筋にかけた青春。そんな彼女の人生にも織田作之助との結婚という、意外な1ページもあったようです。しかし彼女の歩みを支えてきたのは何といっても母親ヒデヨさん。その人生は親子二人三脚と言っていいかもしれません。石井好子さんは歌手としての笹田和子を、そして人間としての笹田和子をこんな風に分析しています」。続きは次回に。
※ヨッサンも笹田さんと織田作との結婚話には耳を疑った。今ならTV、新聞、雑誌…の恰好のネタだったろう。笹田さんへのインタビューでは一切この話をタブーに。狙いは彼女の“歌う喜び”にあるから。5月9日から大阪松竹座で「ザ・オダサク」が上演されています。笹田の“さ”の字もでてこない筈。
(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

odasaku

大阪松竹座で上演中の「ザ・オダサク」

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