Posts tagged: 2020/11

おとなの文化村(645) ニューオオサカ心斎橋ホテル 一守啓介さん

今夜のお客様は「株式会社二ユーオーサカホテルエン夕ープライズ」取締役社長、 一守敬介さんです。

一守さんば昭和25年(1950年)生まれ、滋賀県東近江市のご出身。関西学院大学法学部を卒業し1976年「ホテルドゥスポ一ツプラザ」に入社しホテルマンとしての人生をス夕ート。1984年から2006年まで「大阪全日空ホテル
ザホテル大阪)の開業準備室ヘ転職。 全日空ゲートタワーホテルでさまざまな部門を担当されました。2006年、オリックスクグループ「クロスホテルズ株式会社」入社。ク口スホテル大阪総支配人。ホテルユ二パ一サルポ一ト出向など2015年9月まで勤めらられました。そして現在の二ユーオーサカ心斎橋ホテルヘ招聘、 2016年9月 取締役社長に就任されました。心斎橋駅から徒歩2分、 旅を彩るクリエイテイブホテル、 アート・音楽・ファッションなどカルチャーを発信し続けるアメリカ村に位置するアートなホテルとして知られるニューオオサカ心斎橋ホテル。11月からは「日本テレマン協会」とともに大阪ミナミから新しいアーテイスティック発信が始まりました。ホテル口ビー前のスペ一スを「メランテプラザ」と命名 アートスぺース、ミュ一ジックシーンとして開放。 ウイズコ口ナの時代に意欲的なチヤレンジをはかる仕掛人、ー守敬介社長から半世紀近くに及ぶホテルマン哲学をお伺いしましよう。

これに関連する記事

おとなの文化村(644) 南屋本舗 開田早代さん

今夜のお客様は「開屋本舗(ひらきやほんぽ)株式会社」代表取締役、開田早代さんです。

「MOTTAINAI」を「OISHII」に!の言葉をポリシーに富田林を本拠に幅広い地域のお客様が「笑顔」になれる食品を提供する開屋本舗さん。社長の開田早代さんは大阪富田林で1968年にお豆腐屋さんの次女として生まれ、服飾の専門学校を中退、結婚して3人の子供をもつ開田さん。ご主人の居酒屋を手伝いながら平成10年にたこ焼き屋さんを地元富田林市で開業。キッチンカーを3台所有するなど業務の拡大を図ってこられました。そこで、タイムロスになるたこ焼きが増えたことからMOTTAINAIと強く思うようになり、「もったいない×ラボ」を設立。真空フライを用いた食品加工事業を開始、たこ焼きのお菓子を開発販売。同時に、地元特産の海老芋の親芋がたくさん廃棄されていると知り、それを美味しい何かに出来ないか?とまたもや商品開発に取り組まれました。大阪地域創造ファンドに採択「大阪産(もん)認定商品」獲得。よしもと47シュフラン金賞受賞はじめ全国の食博覧会、フードセレクション、アグリフードEXPO、インターナショナルギフトショーなどに出展。昨年、2019年からオリジナル食品ブランド「coco-vege(ココベジ)」の開発に取り組み「わたしにやさしいチップス」がフード・アクション・アワード2019を受賞。富田林市の工場・直営店「ココベジキッチン」を拠点に百貨店や各地のマルシェ出店にと日々走り続け「まだまだ道半ばですが主人と娘に助けられ少しづづ目標に向かって進んでいます」と語る開田さん。今夜はスタジオにオリジナル開発商品「ココベジ」をお持ちいただきました。

これに関連する記事

おとなの文化村(643) 天見温泉「南天苑」 山崎一弘さん

今夜のお客様は天見温泉「南天苑」店主、山崎一弘さんです

南天苑は河内長野市天見にあり、その本館は明治・大正時代に東京駅や日本銀行本店などを手がけた名建築家、辰野金吾の建築の中でも数少ない和風建築のひとつで戦前に堺から天見へ移築されたものです。戦後、南天苑として創業、明治建築研究会の調査の結果、それまで口承だった辰野金吾建築が証明され、2003年「国の登録有形文化財」に指定。旅館業を営みつつ生きた文化遺産として後世にその姿を伝えることになりました。山崎一弘さんは1960年(昭和35年)生まれ、河内長野市ご出身。1982年、大阪商業大学を卒業し大和実業株式会社に入社。1988年株式会社南天苑へ入社、1995年、代表取締役に就任されました。なんばから南海高野線で40分、里山風景の豊かな自然の中に日本庭園3000坪、辰野建築の中でも現存する数少ない和風建築の旅館を引き継ぎながら、観光・文化保存・まちづくりにライフワークとして取り組まれています。今夜は「南天苑」の魅力とともに、山崎さんを先頭に河内長野駅前商店街で「シャッターを開けろ」を合言葉に始まったエリアリノベーション事業など熱く語っていただきましょう。

これに関連する記事

1 / 212

WordPress Themes