おとなの文化村(526) 大阪くらしの今昔館 谷 直樹さん

今夜のお客さまは「大阪くらしの今昔館」館長の谷直樹さんです。

谷直樹さんは1948年兵庫県のお生まれ、幼稚園から高校までは大阪市旭区で育ち、京都大学建築学科、大学院博士課程を修了されました。建築歴史、博物館学を専攻され堺市博物館研究員をへて大阪市立大学に奉職、講師、助教授、教授をへて2013年大阪市立大学名誉教授に。その間、1991年から「大阪市立住まいのミュージアム」愛称「大阪くらしの今昔館」の企画・設計にかかわり、2001年の開館後は館長としてその運営を担当されています。実物大の江戸時代の町並み、当時の年中行事や暮らしの体験、特に「きもの」体験が外国人の評判を呼び、インバウンドが訪れたい博物館として人気を集めています。また、様々な企画の特別展を数多く開催、多くの来館者が日々訪れています。今夜は、現在開催中の「特別展 大大阪モダニズム」の見どころをはじめ、近代大阪の町、暮らしの精密な模型の展示などが評判を呼び、大阪の新名所となった「大阪くらしの博物館」について、館長みずからたっぷりと語っていただきます。

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おとなの文化村(525) 西川流師範 西川梅十三さん

今夜のお客様は西川流師範の「西川梅十三(うめとみ)」さんです。

西川梅十三さんは昭和13年京都のお生まれ。9歳から西川流の日本舞踊を学び、先代家元「西川鯉三郎」の子役も務められました。戦後復興が緒についた昭和28年、15歳で北新地の芸妓になった梅十三さん。当時はまだ数十件のお茶屋が北新地にあったといいます。戦前は四花街が賑わい、商いの街大阪とともに栄華を誇っていましたが、戦後は大阪経済の低迷、バーやクラブ、スナックの台頭とともにその灯は消えつつあるのが現状です。そんななか、9歳から学び、数多くのお座敷で目の肥えた経済人、文化人の旦那衆に接して、引退後は西川流師範として芸を披露、後進の指導とともに往時の大阪を伝えつづける梅十三さん。先日、第21回「なにわ大賞」を受賞されたところです。今夜は、懐かしいお話しとともに、そのはんなりとした上方ことばもお聞きいただきたいと思います。

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おとなの文化村(524) 近鉄アート館プロデューサー 松原利巳さん

今夜のお客さまは近鉄アート館プロデューサーの松原利巳さんです。

松原利巳さんは1951年、北海道のお生まれ。1972年、大阪の情報誌の草分け「プレイガイドジャーナル」に参加、演劇を担当しながら「黒テント」「状況劇場」「つかこうへい事務所」「東京ヴォードヴィルショー」「自由劇場」「上海バンスキング」「第七病棟~ふたりの女」などの大阪公演をプロデュース。1978年、中島陸郎さんとともに、阪急ファイブ「オレンジルーム~オレンジルーム演劇祭」を共同プロデュースされます。そとばこまち、劇団新感線、南河内万歳一座、MOPなどが登場し 関西の学生演劇ブームが盛り上がるなか、1985年、扇町ミュージアムスクエア、近鉄劇場、小劇場がオープン。近鉄劇場、近鉄アート館プロデューサーとして活躍されます。その後、神戸アートビレッジセンター、あまがさき近松創造劇場、大阪MBS劇場(現シアターBRAVA!)、大阪・アートフェスティバル、大阪・アジアアートフェスティバル、大阪城サマーフェスティバルなどに参画。国際児童青少年演劇フェスティバル大阪、咲くやこの花芸術祭など、さまざまな場で活躍を続けてこられました。そして2014年3月、復活した「近鉄アート館」プロデューサーにふたたび就任。取り組んでおられるプロデュースの一つが、関西の若手歌舞伎役者が活躍する「あべの歌舞伎・晴の会」の公演です。今夜は「関西演劇界の生き字引」と言われる松原さんから、ことし4年目を迎える「晴の会」公演のみどころなどたっぷりと語っていただきましょう。

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