今夜のお客様は来る4月29日、能登復興地域イベント「能登半島フェスティバル」を開催する「能登の絆プロジェクト実行委員会」株式会社輝京代表取締役、四角恒世さんです。
四角さんは1954年、大阪府豊中市生まれ。1976年、聖心女子大学部文学部歴史社会学科人間関係学 民俗学専攻卒業。博物館学芸員、中学校高等学校社会科教員免許、宅地建物取引主任免許を取得。1978年、国立民族学博物館勤務。1990年、南米ブラジル、ペルーより薬用植物輸入業務を始め、プロポリス、アガリスク、マカ、キャッツクローなどを取り扱い、日本り明日葉をインドネシアで栽培、販売。カナダの亜麻仁などを扱い製薬会社に原料供給、各種健康食品の企画、OEM販売に従事。2005年、アメリカよりオーガニッククリーム(エジプシャンマジッククリーム) 東アジア独占販売権を取得販売。2008年、化粧品製造業、化粧品販売業の免許を取得。同時に、予防医学会設立に尽力、総合医療推進市民機構理事長として健康に関する総合的な教育啓蒙活動をつうじて企業、市民、医療の善き循環システムの構築を目指しています。現在は株式会社輝京代表取締役、一般社団法人水素健康推進協会理事長として主に水素テクノロジーを活用した健康・美容関連の事業を展開するとともに、未来と地球を守るため、地球に住む命を守る高い理想を掲げ活動されています。今夜はそんな四角恒世さんが能登半島地震から3年目を迎える今年、能登復興地域イベントに取り組む思いとともに、4月29日に穴水町で開催される「能登の絆フェスティバル」についてお伺いしたいと思います。

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今夜のお客様は「一般財団法人大阪市コミュニティ協会」都市コミュニティ研究室 特別研究員、李有師さんです。
李さんのプロフィール、今回はご本人作成のまま読み上げさせていただきます。李有師、1954年、生野区生まれの在日韓国人3世。沖縄が返還された翌1973年、オキナワを旅し、無知なればこその衝撃を得、旅の魅力を知り、「旅と生活」が合体した仕事を夢見る。その“夢見”から、昼夜兼行でお金を貯める生活に入り、大学・ヨット部時代の友人ら多くの協力も得、馴染みのあった琵琶湖・湖西地域で1982年、ペンションを開業。地域と結ばれた経営スタイルで注目され、「旅と生活が合体したまちづくりの魅力」を語り始める。その実績が元手になり「まちづくりプランナー」としてポツポツと仕事が入り、多忙となる。開業5年目にペンション売却。この頃、住宅・都市整備公団(現在のUR都市機構)からそれなりに大きな仕事が舞い込み、大阪に舞い戻る。本格的に「旅と生活が合体」した都心居住モデルのススメを提言しはじめる。阪神淡路大震災の前年の1994年、大阪天満宮裏で「旅と生活を合体」させた個人的実証実験の場として、大阪初・都心のペンション開業。2002年、多くの仲間と「NPO法人もうひとつの旅クラブ」を設立し初代理事長に。このNPO活動から、2008年「中之島舟屋プロジェクト」を編み出すなど、多くの実験的試みを行った。2010年頃から、「ネット予約システム」「ゲストハウス」「インバウンドブーム」の三点セットの隆盛が凄まじくなり、将来を悲観。都心のペンション売却。同時期に知己を得た首長の求めで大分県奥地に半移住。温泉県大分でありながら「温泉ゼロ」の豊後大野市で、「宿泊施設併営型の新型観光協会」の業態開発に挑み成功させる。この「ロッジきよかわ」は、現在も盛業中。65歳・任期満了を期に帰阪。帰阪後、ボーっとするのは嫌なので就職サイトで、たまたま見つけた、一般財団法人・大阪市コミュニティ協会 に職を得る。現在、特別研究員として活動。引き続き、20代で夢見た「旅と生活」を追っている。大阪府立寝屋川高校・定時制卒。京都工芸繊維大学・除籍退学。と自らのプロフィールを送ってきたくださった李有師さん、ノイリンは「もうひとつの旅クラブ」理事長をされていた頃に知り合ったそうですが、いつの間にか大阪から消えてしまいはったと思っていたら2年ほど前に再会!積もる話もありますが、今夜は3月17日から始まる「北御堂芸術祭あそべばアート」についてご紹介いただきます。

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今夜のお客様は「オムライス発祥のお店・味に輝く北極星」でお馴染み、北極星産業株式会社代表取締役北橋茂登志さんです。
元祖オムライスでおなじみの北極星は、現在の「北極星」の先代、北橋茂登志さんの父・北橋茂男さんが大正11年、大阪の汐見橋で始めた洋食屋 「パンヤの食堂」 が発祥でした。北橋茂男さんは洋食屋とパン屋を併設していた「マルキ」で料理長として働き、その後独立。大正14年に「元祖オムライス」が誕生しました。昭和11年、店名を「北極星」と命名し 人気の洋食屋として発展、いまではお馴染みの「ホルモン料理」を商標登録。フランス料理にはなくてはならない内臓料理「ホルモンの煮込み料理」が出来上がったそうです。昭和18年には22店舗、従業員 550名を擁した繁盛店となり、戦時中には陸軍に戦闘機 「北極星号」 を寄付したというエピソードも残っています。大阪大空襲で本店を残し市内すべての店を焼失した北極星ですが、戦後の復興とともに 昭和25年、北極星本館を整備して「ホテル北極星」を開業するなど 店舗を増やしていきました。昭和41年 創業者の北橋茂男さんが亡くなり、現社長の 北橋茂登志さん が、二代目として就任されました。北橋茂登志さんは先代と同じく石川県の出身、県立羽咋(はくい)高校を卒業後、昭和29年 東京・日本橋の「株式会社精養軒」調理部に入社。東京日活ホテル株式会社を経て、昭和34年に北極星産業に入社、先代の父・茂男さんの後を継ぎ いまも現役として「北極星産業株式会社」代表取締役として活躍されています。2022年に創業100周年を迎えた北極星。大阪をはじめ各地でオムライスはもちろん人気店としてさまざまな店舗展開を続けておられます。今夜は「オムライス誕生物語」はじめ、北橋社長から温故知新さまざまなお話を伺いたいと思います。

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