おとなの文化村(270回) 大阪鶴橋鮮魚卸商協同組合 永井浩さん

さてみなさん、鶴橋といえばすぐ浮かぶのはヤキニク・・ですが その鶴橋コリアンタウンのすぐそばに魚市場があるのをご存知でしょうか・・今夜はプロの料理人が通う一般にはあまり知られていない鶴橋鮮魚市場を運営されている、大阪鶴橋鮮魚卸商協同組合常任理事の永井浩さんをお迎えしています。

それでは簡単に鶴橋鮮魚市場、通称鶴橋人情市場をご紹介しておきましょう。最寄り駅は地下鉄千日前線とJR環状線、そして近鉄の鶴橋駅から歩いてすぐ、国際マーケットの中を通り近鉄線沿いに東に歩くとすぐ魚市場が見えてきます。この市場が組合として成立したのが1951年(昭和26年)以来現在まで62年間。大阪の料理のプロを主なお客として栄えてきた魚市場です。市場には 鮮魚、マグロ、海老、タコ、淡水等の専門店がひしめきあっていて本来は卸売市場ですが、最近は小売にも力をいれておられて商品はプロが買いに来る市場だけあって、近海で捕れる天然物や珍しいお魚がたくさんあるそうです。今夜は毎月第一土曜日に広く一般のお客様に来ていただけるようにと開かれている「鶴橋ひる市」のご紹介を中心に鶴橋人情市場の魅力をたっぷりと語っていただきます。

 

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おとなの文化村(269回) 道頓堀ホテルの常務取締役 橋本明元さん

今夜はここしばらくこの番組が力をいれているテーマのひとつ『観光』のジャンルでイマ話題の脅威の客室稼働率90%、外国人宿泊者率も90%を誇る、いま話題のホテル『道頓堀ホテル』の専務取締役、橋本明元(ハシモトミンゲン)さんにおこしいただきました。

橋本さんは1975年大阪うまれの大阪育ち、38歳。お祖父さんが中国からに日本にわたり立ち上げたのがいまの道頓堀ホテルの前身で生まれた時は、家にお金がなく、会社の事務所の部屋で家族でそろって生活していたとか小学1年生の時に国籍を日本に変え、王明元から橋本明元に名前が変わる。そして中学から大学までを一貫校ですごし、受験がなかった分、自分の人生についてゆっくりと考えることが出来た橋本さん。大学卒業後は周りからは道頓堀ホテルへの入社をすすめられるもあえて他の福祉関係の企業に入社。そして社会人2年目の時に、自分のルーツである中国の揚州を親戚と一緒に見に行きおじいさんの故郷を見た時に感動して心が震え、おじいさんが苦労して作り上げたこの会社に初めて愛着を覚えた橋本さんはその後道頓堀ホテルに入社。しかしそのときは会社の中に居場所がなく一念発起して中国に留学。現地のホテルで4年間修行したのち帰国。そしてそのときの体験をもとに道頓堀ホテルのイメージをかえる様々なアイデアを打ち出して話題のホテルに生まれ変わらせた橋本さん。今夜はそのユニークなホテル経営の秘密を語っていただきます。

 

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おとなの文化村(268回) 阪南大学国際観光学部教授  松村嘉久先生

今夜は先週に引き続き西成区シリーズ第2弾。今年度「なにわ大賞」の受賞者阪南大学国際観光学部教授の松村嘉久先生です。

松村先生は1966年大阪生まれの46歳。専門は観光地理学,現代中国研究など・・学生時代から旅の魅力にとりつかれ,アジアを中心に旅して見聞を深めたおかげで大学を卒業するのに9年かけられ,この記録はいまだに破られていないとか、そして、研究者の道に入り、1998年に大阪市野宿生活者調査に参加してから,大阪市西成区のあいりん地域での活動に関わっていかれます。2005年春には、あいりん地域の簡易宿所の経営者らと大阪国際ゲストハウス地域創出委員会を立ち上げ、あいりん地域の安い宿泊施設へ外国人旅行者を誘致する活動を展開。2009年春には主に外国人個人旅行者を対象とした。新今宮観光インフォメーションセンターをゼミ生らと立ち上げ、あいりん地域の国際観光振興でいちびり精神を発揮。先生の教育のモットーとしては、現場と共に育つと書く「現場共育」をキーワードに 学生たちと一緒に現場へ入り現場の課題の解決を目指し実践を積み重ね、新今宮や阿倍野の観光まちづくりをリードされている松村先生。今夜は「現場共育」の本音を語っていただきます。

 

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