おとなの文化村 (158回) ニューオーサカホテル心斎橋 松田大輝さん

さて今夜のこのコーナーはミナミ・アメリカ村の一角にたたずむユニークなアーチストがアーチストを呼ぶホテル・・と謳われているニューオーサカホテル心斎橋の取締役総支配人松田大輝さんです。

松田さんは1977年生まれの弱冠33歳。大阪芸術大学の美術絵画コース卒業後アメリカに渡られます。まず最初の3年間はミネアポリスからサンタクルーズそしてニューヨクと各地を放浪 そのごサンフランシシスコに腰を落ち着けゴールデンゲートユニバーシティにてマーケティング科学修士号を所得され、カリフォルニアの現地商社に就職。そこでは輸出部に配属され営業社員として3年間活動。2008年に帰国されて2009年にNew Osaka Hotel心斎橋に入社され現在に至っています。そしてそのニューオーサカホテル心斎橋ですがアメリカ村にある オーナーがデザインにこだわり抜いたお洒落なヨーロピアン風プチシティホテルアーティストが集まるアートナホテルをコンセプトに、1階を全て無料展示場として、関西を中心に活躍する若手からベテランの写真家に提供し、随時写真企画展を展開したり、地下会場では、パーティやウェディングやもちろん、ライブや演劇、落語等々の文化推進にも力を入れておられる。オープン10年目を迎えるいま話題のミナミの元気印ホテルです。今夜はオープン10周年を迎えて様々なイベントを繰り出す松田さんに ニューオーサカホテルの魅力をたっぷりと語っていただきます。

 

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おとなの文化村 (157回) 株式会社 一八八 の社長 北口裕康さん

さて今夜のこのコーナーはミナミは千日前の艶街、料理屋の女将だったおばあちゃんが残してくれた6坪のスナックを改造してはじまったシステム開発とデザインの会社、株式会社 一八八 の社長さん、北口 裕康さんです。

北口さんは1965年、大阪ミナミの千日前に生まれます。生家は20坪ほどの小さな割烹料理「菊水」南中学、高津高校、大阪大学と進学するがなぜか中退。当時普及しだしたコンピュータのソフトウェア開発の会社に就職されます。そして30歳で独立し、株式会社一八八(いちはちはち)を創業。事務所にしたのが先ほども触れましたがミナミ千日前の料理屋の女将だったおばあちゃんが残してくれた6坪のスナック。そして業務は中小企業相手の小規模なシステム開発を行うところからのスタートでした。その後 2000年に奥様でコピーライターの村上美香さんがが所属していた会社が解散することになり、そこの社員4人を引き取って「グラフィックデザイン」の業務も新たにスタート。現在はシステム開発2人とグラフィックデザイン5人プラス犬2匹の小さな事務所を大阪ミナミのどまんなかで営んでいらっしゃいます。好きなことをシゴトにするという徹底的な責任と覚悟と遊び心のもと、188は舞台・テレビ・イベントなどを中心とした幅広いビジュアルプレゼンテーションを行っていいて今年で、10周年を迎えられました。今夜はこのユニークな会社/株式会社一八八(いちはちはち)とはなにか・・その謎にせまります・・

 

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おとなの文化村 (156回) あめちゃんハイボール 濱井健児さんと大西茂さん

いま大阪でも話題のエリア、アベノ・天王寺にスポットをあてていますが今夜はその3回目最後の週ですが、なんと今夜お迎えしたゲストはヒトではなくモノです。さあおむかえしましょう。いまアベノエリアでわだいのこの飲みもの「あべのあめちゃんハイボール」さんです。あれ・・まあそうですよね。飲み物はしゃべれないですよね、なのでかわりにではないですが「あべのあめちゃんハイボール」の生みの親サントリービア&スピリッツ株式会社から企画担当部長の濱井健児さんと営業担当部長の大西茂さんにお越しいただいています。

先週この番組にご登場いただいた、あべのキューズモールさんが大阪のおばちゃんなら必ず持っているとされている都市伝説のひとつ「あめちゃん」とちゃんづけで親しまれている「あめ」の文化にスポットを当てた地域の文化振興・活性化の取り組みである「大阪あめちゃん文化発信プロジェクト」を提唱されたのが発端。そしてサントリーがその企画に賛同する形で 地元の創業明治5年という老舗の飴屋さん「豊下製菓」とコラボして、いま大ブームのハイボールとして商品化されたのがこの「あのあめちゃんハイボール」と言うことです・・今夜はまたまたお酒・・とゆーことで 飲めないノイリン、飲んだらアカンのぐったン、そして少しは飲める私茶谷の3人でなんとかこの味をラジオの前のあなたにお届けできるようにがんばりたいと思っています。それでは濱井さん、大西さんよろしくお願いいたします。

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