おとなの文化村(915) なら燈花会 中野聖子さん

今夜のお客様はお隣り奈良からお越しいただきました。株式会社尾花 代表取締役、NPO法人なら燈花会の会監事、奈良県旅館ホテル生活衛生同業組合女性部あゆみ会会長、中野聖子(さとこ)さんです。

中野さんは昭和43年(1968年)奈良市のお生まれ。生家は大正時代から奈良市で映画興行をはじめた尾花劇場でした。この尾花劇場は昭和54年(1979年)にその幕を閉じ、二年後ホテルサンルート奈良として生まれ変わりました。同じころ、聖子さんは京都の学校へ通いはじめ、10年間京都で学び、平成3年同志社大学文学部卒を業後、損害保険会社勤務を経てホテルサンルート奈良へ入社。フロント勤務、企画業務等を経験後、平成23年(2011年)代表取締役就任。県外からお客様をお迎えする仕事をする中で、土地の歴史・文化・信仰を住民がよく知ることこそが奈良のおもてなしの根幹と考えるようになり、様々な地域活動に携わってこられました。平成10年(1998年)「なら・観光ボランティアガイドの会朱雀」養成講座一期生に、 平成11年(1999年)「なら燈花会」ボランティア、 平成17年(2005年)奈良商工会議所観光政策研究会などに参加し、「奈良まほろばソムリエ検定」人材育成プロジェクト発足に関わってこられました。 そして平成19年(2007年)NPO法人なら国際映画祭実行委員会設立、平成27年(2015年)NPO法人なら燈花会の会 会長就任、 平成29年(2017年)NPO法人なら国際映画祭実行委員会 理事長就任と活躍されてきました。また、 令和2年(2020年に)ホテル名をこの地にゆかりの「ホテル尾花」に改称。かつての映画館「尾花座」の名を復活させ、令和06年(2024年)ホテル尾花の月一上映会「尾花deキネマ」をスタート。明治42年(1909年)に歌舞伎も上演する「尾花座」として開業した芝居小屋を前身として、大正9年(1920年)桟敷席にスクリーンを設置、装い新たに映画館「尾花劇場」として多くの方々に愛され1980年に惜しまれつつ閉館した「尾花座」が復活したのです。しかし、今回のお話はそれだけでは終わりません。なんと尾花座・尾花劇場のルーツは「おとなの文化村」の本拠地、大阪ミナミ「難波新地5番町」にあったのです。ノイリン、ノグッタンの通った「大阪市立精華小学校・精華幼稚園」のお向かいだったとは・・・?さあ、中野聖子さんに登場いただきたっぷりと語っていただきましょう!

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