おとなの文化村(428回) テーマパーククリエイター 仲 風見さん

今夜のお客様は「えさか芸術文化館ピエロハーバー代表、テーマパーククリエイターの仲 風見(なか・ふうけん)さんです。

仲風見さんは1947年生まれ、尼崎市のご出身。1960年、劇団青猫座に入団、俳優・舞台監督としての修行を始められます。1967年から劇団異人館を主宰、メイクアップアーティストや各種イベント・舞台・映像の企画運営、商品プロモーション、各地の地域おこしなどに携わり、1986年から尼崎市舞台芸術協会事業の活性化の取り組みなど、演劇総合プロデューサー・演出家として活躍。
2004年、大阪・中津の高架下440坪のスペースを「中津芸術文化村ピエロハーバー」として変革。若手の育成、文化インキュベーションスペースとして地域活性化の原動力として活動を続けられました。2014年、高架下の立ち退きにより、中津から江坂へ「文化村ピエロハーバー」を移転。昭和バラエティ「ディス・イズ・ショウタイム」の開催など、観光客の誘致にも取り組んでおられます。今夜は10月に神戸で開催されるインドフェス「インディア・メーラー2016」イベントのご紹介はじめ、半世紀にわたる仲さんの活動をお聞きしたいと思います。「第10回なにわ大賞」の受賞者として、お付き合いもあるノイリン、よろしくお願いします。

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おとなの文化村(427回) 近畿大学文芸学部、芸術学科教授 安きよんさん

今夜のお客様は近畿大学文芸学部、芸術学科教授の安きよん(アン・キヨン)さんです。

安きよんさんは1968年、韓国のお生まれ。視覚デザインを大学、大学院で学ばれた後、広告デザイナー、大学非常勤講師を務められました。そして、2000年に来日。2003年、筑波大学大学院修士課程、2006年、東京芸術大学大学院博士課程を修了されます。この間、2005年には筑波大学非常勤講師、2006年からは京都嵯峨芸術大学で講師をつとめられ、2008年から近畿大学芸術学科講師をへて、現在、教授として教鞭をとっておられます。また、社会連携の取り組みとして、地元東大阪、アベノハルカス、高野町などの活性化にデザインの力で貢献される活動を実践されています。大学では「自称、ゼミ営業部長」を自認されている安先生。今夜もしっかりとゼミ営業をお願いしましょう・・・

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おとなの文化村(426回) 小説家・ノンフィクション作家 上田賢一さん

今夜のお客様は小説家、ノンフィクション作家の上田賢一さんです。

上田さんは1949年 和歌山県有田市のお生まれ。 1970年 関西大学経済学部在籍時に、日本のロック・フォークのイベント「Be-in LOVE ROCK」後の「春一番コンサート」を福岡風太と主催。その後、タウン誌「プレイガイドジャーナル」の編集に関わり、コラムなどを連載されます。またギタリスト中川イサトのアルバム『1970』(URC)『お茶の時間』『黄昏気分』の制作に作詞者として関わり、以後、憂歌団、河内家菊水丸、京都看護大学校歌などを手掛け、坂本龍一の「福岡アジアマンスのテーマ・ASIAN FLOWERS」などの企画制作に携われました。1975年、毎日放送、FM大阪に番組構成者として参加、以後10年間、ラジオ・テレビの番組構成者を主な職業とし、ここFM大阪の「水沢アキ、大橋純子のファッショナブルサウンド」ほかMBSラジオ、ニッポン放送、ABCテレビ、テレビ大阪など多くの番組を担当。1983年、中国を自由に歩けるツアー「上海フリーツアー」に1920年代の西洋建築群が見たくて参加。和平飯店で「和平飯店老年爵士楽団(Peace Hotel Old Jazz Band)」に出会い、10回以上渡航。その紀行文を「月刊PLAYBOY」誌に掲載。これをきっかけに、以降は活字の世界に入ることになります。 主な著書に、「上海パノラマウォーク」「京の町家・次の千年続けます」「猛虎伝説」「上海ブギウギ1945〜服部良一の冒険」「コテコテ論序説〜ナンバは日本の右脳である」「バンドマン遠山新治の物語」をはじめ、今年7月には「エンタツアチャコのぼくらは探偵」を(河出書房新社)から出版されました。今夜は、この新刊のご紹介はじめ、ユニークな経歴は言うに及ばず、いまもさまざまな顔を持つ上田賢一さんを、徹底、いえ少しでも・・・解剖していきたいと思います。

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