今夜のお客様は「照明塾」塾長、照明デザイナーの橋田裕司さんです。
橋田さんは1952年生まれ。照明器具メーカーに勤務をへて1988年「プロト商品計画」を設立。1992年~照明を考える、作る、楽しむがテーマの交流会~「照明塾」を、1996年「手作り照明教室」を開設。「あかりのレシピ」「うれしい手づくりのあかり」を出版。2005年、病院や病気の子どもたちに手づくりのあかりを届ける「あかりバンク」の活動を開始。有馬温泉で「御所坊」金井社長の協力で「工作バー」をスタートさせ、「こどもホスピス」に100点のあかりを寄贈されました。2015年、おおさかカンヴァス推進事業~たたかう芸術祭~で「街角の電気スタンド」が審査員特別賞を受賞。大きな布シェードを被り、スーツ姿に赤いランドセルを背負う橋田さんとノイリンが道頓堀で出会い、中学校の教科書で紹介されたのもこの頃でした。1020年、あかりのつくり方や医療介護の現場でやってきた活用事例を紹介する「あかりの学校」を出版。2021年以降も「横浜こどもホスピス」に「明かりのおうち」を寄贈。コロナ禍の2022年、阪急百貨店で「あかりバンク展」、天王寺動物園で照明塾30周年「あかりの動物園」を開催。医療的ケアが必要な児童の介護を頑張る全国100家族にあかりを届けるプロジェクトを実施。ことしオープンした「KITTE大阪」の高知県アンテナショップには高知県特産品があかりとなって天井から吊るされています。今夜はそんな橋田さんの明かりが灯るスタジオからの放送です。
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今夜のお客様は「戎橋筋商店街振興組合」事務局長、杉井雅彦さんです。
杉井さんは1963年(昭和38年)1月24日、大阪市のお生まれ。高校の頃から「舞台」「吹き替えの声優」に興味を持ち、立命館大学入学後は劇団「立命芸術劇場」で活動。3回生の時は団長をつとめました。学校へは毎日通学していたものの、教室ではなくほぼ部室に直行、大学は6回生で卒業。大学の後半で声優養成所(青二塾大阪校)にも通い、卒業時の最終選考にはなんとか引っかかったのですが、色々な事情があり、舞台俳優(声優)の道は諦めざるを得なくなり、一般企業での就職を探すことに・・・。1989年(平成元年)3月、立命館大学を卒業し「551蓬莱」へ入社。営業部、人事部、広報、お客様相談係、社内研修担当を経験されました。また入社後、有志で「劇団551」を結成し、公演も何度か行った杉井さん。2023年(令和5年)1月、34年の勤務を終えて定年退職。研修企画担当の会社に勤めた後、今年10月、551蓬莱時代からご縁がある「なんば戎橋筋商店街振興組合事務局長」に就任されました。理事、理事長を務めたノイリンとは「劇団551」はじめ旧知の間柄だそうです。
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今夜のお客様は西宮の「人形芝居えびす座 座長代理」「秀実さん ありがとう会」実行委員長、松田恵司さんです。
松田さんは今年元旦放送の「大人の文化村」に出演され、5月3日に亡くなられた座長武地秀実さんの相方、囃子方としてご出演いただきました。
松田さんは、昭和36年(1961年)兵庫県尼崎市のお生まれ。大学卒業後、コンピュータソフト会社に就職し、システムエンジニアとして勤務した後、パソコン関連書籍を執筆する文筆業として独立し、筆1本での暮らしをつづけた後、武地秀実さんが経営する編集会社に入社。西宮・芦屋の地域情報紙「ともも」の編集作業に携わってきました。そして、阪神西宮駅前の西宮中央商店街に事務所を構える会社が、震災復興の事業に関わるようになり、地域の文化遺産「えびすかき」再興に向けたプロジェクトを発足。このプロジェクトを通じて、えびすかきを実践する人形劇団「人形芝居えびす座」を設立し、武地秀実さんと18年間コンビを組み、日本各地、そして海外へとえびす様の福を配り歩いてこられました。2024年の幕開けを飾る1月1日オンエアの「大人の文化村・第807回」に出演、えびす舞を披露して幸せを届けてくれた武地さんですが、残念なことに病には勝てず5月3日に亡くなられました。今夜は、囃子方として長らくコンビを組んでいた松田さんにお越しいただき、武地さんの思い出や後継者としての思いをお伺いします。
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