今夜のお客様は吉本興業所属、芸人・アートプロデューサーの「おかけんた」さんです。
おかけんたさんは1961年3月28日、大阪市のお生まれ。1983年に漫才コンビ「おかけんた・ゆうた」を結成。1986年「第17回NHK上方漫才コンテスト」優秀賞、1997年「第32回上方漫才大賞」奨励賞、1999年「第34回上方漫才大賞」大賞など大活躍されてきました。並行して、アート分野で活動を開始。1994年〜1995年「東京国際AU展」(東京美術館)作品展示。1995年、若手クリエーターの登竜門「株式会社スプーン公募展」でグランプリを受賞。1996~1998年「OCHA(大阪コンテンポラリーヒューマンアート)」をプロデュース。2014年からは「京都国際映画祭~映画もアートもその他もぜんぶ~」でアートプランナーをつとめられました。2007年以降「ART FAIR TOKYO」アートトーク 、「ART OSAKA」イベントMC、「草間彌生 永遠の永遠の永遠」 国立国際美術館 ギャラリートーク担当。尼崎のギャラリー「A-LAB」アドバイザー、京都精華大学客員教授、「茨木映像芸術祭」審査員など歴任。神戸北野坂・旧居留地で開催された街なか散歩アートフェス「Any kobe 2022」でのトークイベント をはじめ、吉本興業のウェブマガジンや地元千日前「LAUGH&PEACE ART」ギャラリーで「おかけんたの『ええ~アート』」を連載。アートプランーや現代美術コレクターとして、展示企画やアーティスト選定、設営まで手掛ける「♪ええ~アート」のおかけんたさん。先月開催された「クレーターなんば魅力発信フォーラム」のパネリストとして登壇されたおかけんたさんのお話を聞いて、その幅広い活動を聞いてぜひ「おとなの文化村」のゲストにとオファーしたノイリンです。おかけんたさん、さあ「♪ええ~声ぇ~」で登場いただきましょう。

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今夜のお客様は大阪道具屋筋で包丁店「堺一文字光秀」を営む一文字厨器株式会社の三代目、代表取締約田中諒さんです。
田中さんは1985年大阪生まれ、奈良育ち。同志社大学政策学部を卒業後、当時電通グループで現在NTTグループの「サイバー・コミュニケーションズ」に入社。デジタルコミュニケーション領域に携わり、企業と社会、価値の伝え方について実務経験を積み、2016年家業へ戻り包丁業界の現場に立ち、販売の最前線に立ちながら「包丁」という道具と真摯に向き合っておられます。包丁を単なる調理器具ではなく「買った時より10年後が美しい、日常で使い手の感性を磨く道具」と定義し、その切れ味、使い心地、手入れの時間、背景にある思想や文化までを含めて伝えることを重視している」と語る田中さん。研ぎや使い方の講座、職人や料理人との対話、映像・言葉による発信を通じて、道具を介した学びと関係性の循環を実践。2024年から多機能スペース「一十一(いちとい)」を拠点に、食と道具、つくり手と使い手が交わる場づくりにとりくんでおられます。また、辻調理師専門学校にて臨時講師を務め、次世代の料理人にむけて道具との向き合い方を伝えています。こうした取り組みが評価され、2025年ICC Design & Innovattion Award アルチザン部門を受賞。ミッションは「使い手に完成を」、パーパスは「文化を興せ」。包丁を起点に、道具と人、文化とト日常が長く循環していく世界の実現を目指す「堺一文字光秀」三代目の登場です。

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今夜のお客様はお隣り奈良からお越しいただきました。株式会社尾花 代表取締役、NPO法人なら燈花会の会監事、奈良県旅館ホテル生活衛生同業組合女性部あゆみ会会長、中野聖子(さとこ)さんです。
中野さんは昭和43年(1968年)奈良市のお生まれ。生家は大正時代から奈良市で映画興行をはじめた尾花劇場でした。この尾花劇場は昭和54年(1979年)にその幕を閉じ、二年後ホテルサンルート奈良として生まれ変わりました。同じころ、聖子さんは京都の学校へ通いはじめ、10年間京都で学び、平成3年同志社大学文学部卒を業後、損害保険会社勤務を経てホテルサンルート奈良へ入社。フロント勤務、企画業務等を経験後、平成23年(2011年)代表取締役就任。県外からお客様をお迎えする仕事をする中で、土地の歴史・文化・信仰を住民がよく知ることこそが奈良のおもてなしの根幹と考えるようになり、様々な地域活動に携わってこられました。平成10年(1998年)「なら・観光ボランティアガイドの会朱雀」養成講座一期生に、 平成11年(1999年)「なら燈花会」ボランティア、 平成17年(2005年)奈良商工会議所観光政策研究会などに参加し、「奈良まほろばソムリエ検定」人材育成プロジェクト発足に関わってこられました。 そして平成19年(2007年)NPO法人なら国際映画祭実行委員会設立、平成27年(2015年)NPO法人なら燈花会の会 会長就任、 平成29年(2017年)NPO法人なら国際映画祭実行委員会 理事長就任と活躍されてきました。また、 令和2年(2020年に)ホテル名をこの地にゆかりの「ホテル尾花」に改称。かつての映画館「尾花座」の名を復活させ、令和06年(2024年)ホテル尾花の月一上映会「尾花deキネマ」をスタート。明治42年(1909年)に歌舞伎も上演する「尾花座」として開業した芝居小屋を前身として、大正9年(1920年)桟敷席にスクリーンを設置、装い新たに映画館「尾花劇場」として多くの方々に愛され1980年に惜しまれつつ閉館した「尾花座」が復活したのです。しかし、今回のお話はそれだけでは終わりません。なんと尾花座・尾花劇場のルーツは「おとなの文化村」の本拠地、大阪ミナミ「難波新地5番町」にあったのです。ノイリン、ノグッタンの通った「大阪市立精華小学校・精華幼稚園」のお向かいだったとは・・・?さあ、中野聖子さんに登場いただきたっぷりと語っていただきましょう!

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