日本のフォークの歴史を彩るアーティスト特集!
今週は「河島英五」を紹介します。
1.何lかいいことないかな 1975年(ホモサピエンス)
2.酒と泪と男と女
3.時代おくれ
1975年4月「何かいいことないかな」でワーナーパイオニアよりレコードデビュー、同年6月ファーストアルバム 「人類」リリース。河島英五とホモサピエンスは全国ツアー後、セカンドアルバム 「運命」を残し解散。ソロになった河島英五は京都「拾得」「磔々」を皮切りに全国のライヴハウスでの活動を精力的に展開。圧倒的なパワーによるライブが各地で話題を呼び、同時に1stアルバムの中の1曲「酒と泪と男と女」が急浮上、ヒットに至る。
1975年、シングルレコードのB面として発売された「酒と泪と男と女」は、50年の歳月を経て、今日もどこかでだれかが歌っている。河島英五がこの曲を作ったのは18歳の高校生の時だった。大人の世界を冷めた目で見ていた青年は、やがて世界を旅し、メッセージ性の高い曲をたくさん生み出していく…。そして2001年4月、48歳の若さでこの世を去った…。
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今週は「アリス」谷村新司。矢沢透、堀内孝雄を紹介します。
1.春は静かに通り過ぎてゆく(ロック・キャンディーズ)「氷砂糖」の意味
2.今はもうだれも
3.冬の稲妻
1.なければアリスの「走っておいで恋人よ」
【アリスプロフィール】
1970年のアメリカ横断コンサートツアーの途中で、大阪のセミフォークグループ「ロック・キャンディーズ」のリーダーだった桃山学院大学出身の谷村新司と、東京のソウルバンド「ブラウン・ライス」のゲストドラマーだった矢沢透が知リ合い意気投合した。二人は日本に帰国したらプロとして一緒にグループを組もうと約束する。帰国後谷村は、同じ神戸の音楽サークル「ポート・ジュビリー」で知リ合いだった、アマチュアロックバンド「フーリッシュ・ブラザーズ・フット」のボーカルで京都産業大学出身の堀内孝雄をグループに誘った。
1971年12月25日、谷村と堀内は矢沢が合流することを前提に「アリス」を結成。
1972年3月5日、シングル「走っておいで恋人よ」でデビュー。
同年5月5日、矢沢が合流し、晴れて現在のアリスになった。プロデビュー当時は、ツアーやライブに明け暮れる毎日。「特急の停まる市の市民会館にはほとんど行った(谷村)」と語るほどの地道なツアー活動をすることでファンを増やしていった。
1974年には、年間303ステージという驚異的な記録達成。
ツアーの成果と、谷村のMBS「ヤングタウン」や「セイ!ヤング」のDJ、関西カレッジフォーク界で有名だった立命館大学と同志社大学のOB三人組ウッディー・ウーの「今はもうだれも」カバーヒットを契機に、オリジナル楽曲「帰らざる日々」「冬の稲妻」「涙の誓い」「ジョニーの子守唄」「チャンピオン」「秋止箆」「狂った果実」等、多くのヒット曲を連発した。
谷村と堀内はソロ活動活発化とともに1981年5月21日、電撃的にアリスの活動休止を記者発表。
北京・香港・バンコクの海外ツアーを含む最後の全国ツアー開催。
11月7日、後楽園球場のコンサート「アリス・ファイナル」を終えて、活動休止となる。
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