153 笑わせる宝塚歌劇団!? 岸香織 VS 永六輔 ②

プロ野球もペナントレースが始まった…けど、以前ほどのめり込まなくなった。(とは言え、今週23日に京セラドームいこかいなと思っている。なんせ、オリックス主催の球場DJ堀江君はヨッサンの教え子なのだ‼ま、それは置いといて、おもろなくなったのは)飛ばないボールのせいだけでない、脇役…好守・好打・好走の選手が少なすぎるんや‼(頷く方も多い筈)

さて、宝塚も名脇役が少なくなった。お嘆きの理由は定年制・契約制の為かもしれない。ヨッサンが取材で足繁く通った頃は、いぶし銀の名脇役が、美吉佐久子さんや大路三千緒さんらが舞台を引き締めスターがより光った。そして舞台だけでなく書いて喋って、軽妙で洒脱な…あのトゲがたまらなかった名脇役が昨年亡くなった“キッシャン”こと岸香織さん。あっちゃこっちゃデンスケ(収録機)担いで取材に行った…その中でトゲとトゲがチャンバラするような対談が実現したのが永六輔さん。(1977年)

E:永六輔  K:岸香織

K「東京オリンピックの年ですけど宝塚に映画館がありましたのよ。寮の近くに。生徒達がニューフラワームーンと呼んでいましたけど、平たく言えば“新花月”ですね。そこに(永さんが)奥様とお嬢様とご一緒にいらっしったでしょう。映画を見るよりそっちばっかり見ていたんですけど」

E「思い出しました、あの時に?」

K「ちっちゃい映画館でしたけど…」

E「動物園の帰りに行ったんです。あそこに宝塚ってあるんですってね⁉僕は動物園と映画館しかないと思っていたら…」

K「あ~ら、ひどい。私たちの歌劇があるんですよ」

E「へェ~? そうですか?」

K「とぼけて!あの時はご覧にはなって下さらなかったのですか? 私、永さんのご本を拝見しましたら、宝塚があまりお好きじゃないみたいだなと思っていました」

E「ええ、だから宝塚1回観る間にSKD(松竹歌劇団)を10回ぐらい観に行っていますね」

K「SKDを10回?」

E「僕は(浅草)国際劇場の裏で生まれたの」

K「ああ~ご近所で、隣組だから」

E「そうなんです。ご近所付き合いですから、観音さんと国際劇場があって、その後ろに本願寺という大きなお寺がありまして、その間ぐらいで(代々、浅草“最尊寺”の住職を務めていた永家の息子として)生まれたんです。だから子供心に国際劇場に出ている、つまりSKDの人達は、幼稚園や学校に行く時にすれ違ったり、そういう親近感があるのね。それに比べて宝塚というのは、たとえば洋服で言えば、SKDは普段着で行けるけど、宝塚はちゃんと床屋さんに行くとかなんかして行く違いがありますね」

さ~あ、前回からの対話が止まらない。強引にコーダ(フィナーレを迎えます)

E「デコボコ底抜け宝塚みたいなものが年に1度はあって、今月は笑っていただきます。松竹新喜劇もぶっ飛ばしてご覧に入れますという舞台の造り方というものは、宝塚の幅を造っていくと思う。僕は笑わせる人が中心のショーあるいはドラマがあって、当然二枚目が出てきてもかまわない」

K「お言葉ですけど、そこに二枚目が出てきてもかまわないじゃだめなんです。宝塚は、そこに三枚目が出てきてもかまわないと言う風になっているから」

E「それは少しずつ変えて行かないと、だって客席にいる女の子は三枚目ばかりじゃない‼失言だったかな、そのまま三枚目という顔つきで並んでいる、だから私みたいなのが主役をやっているという夢は与えてあげなきゃいけない」

K「あらうれしいね、私主役だわ、一度やってみたいわ、誰だって」。

今頃、キッシャンはトップスター気分で舞っるんちゃうやろか…。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

153takaraduka

タカラジェンヌの名脇役だった、キッシャンこと岸香織さん

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