173 カレー協会理事になったバイオリニスト NAOTO①

あなたも、たまに立ち寄る食べ物屋さんがあるでしょ!!?

ヨッサンは昨日、月に1、2度足を運ぶお店にいつの間にか向かっていたんです。難波・旧精華小学校裏手の筋を入っていくと、どうもシャッターが降りているような…あれ?今日は火曜日なのに(ここは定休日は水曜)…

大阪の旬の地野菜やなにわの伝統野菜をふんだんに使った八百屋の飯屋「びわとも」。昨年、母校・夕陽丘高校の同窓会名簿をぺらぺら眺めていたら、ここのお店の名前が目に飛び込んで来た。

“あっ、ご主人は先輩なんや‼よっしゃ、ヨッサンの番組「大人の文化村」のゲストに迎え“なにわの伝統野菜の魅力”について語ってもらおう!その時、不意打ちに夕陽丘の校歌を口ずさんで驚かせたい…”と思っていたら、“8月31日をもって閉店させて頂きます”と非情の張り紙が。お腹の空いてるヨッサンの心もピーマンのように空っぽになった。

取材に訪れて悲しいのはそのお店が閉じてしまうこと…あれは30年数年前、ヨッサンがデンスケ(携帯用録音機)担いでお店に取材に行って大好評だったのが心斎橋・大丸を東に3分ほど歩いたところにあった小さなカレースタジオ「ルーデリー」。

ちょび髭に蝶ネクタイ姿のお爺さん(オーナー)が考案した“百歳長寿カレー”の試食をさせてもらい、その効能と美味さをリアルにオンエア…したところ、大勢のお客さんで溢れた!ので数日で終了。

ここの特色は17種類のスパイスを生かしたサラサラとしているのにコクがある、それにピリリッと辛い(辛さを指定出来る…一度辛さ20倍を食べたら後頭部から汗が吹き出る)実に極上のカレーを味わえるのだ。以来30年…月に1、2度電車賃を払ってまで出掛けた「ルーデリー」が数年前に店を畳んだ。亡き瀬川さんからバトンを引き継いだ松浦さんが田舎(宮崎)に帰るから…と。

さてさて、今回ご紹介する大阪・高槻市が生んだヴァイオリンの貴公子NAOTOさん。

今やあの葉加瀬太郎に追いつき追い越せ(姿形はとっくに追い越した)NAOTOさんは大のカレー好き。今年4月、久しぶりに会ったインタビューはこんな展開に…。

N:NAOTO Y:ヨッサン

Y「いや~久しぶり!」N「5年振りですね」

Y「あんとき、パッと見20代にしか見えんかった」、N「今年40になりますよ!」

Y「ひや~!ほんで、カレーが大好き…??!」、N「今、年間120ぐらいになります」

Y「え~へ?3日に1回カレー食べてんのん⁉」

N「ハイ、5年前は200から300食べてたんです」

Y「いずみホールの近くに美味しいカレースープの店あったんや」、N「ええ、“心”さんですね」

Y「この近所(湊町リバープレイス)にもあるんや」

N「はい、あれでしょ!スープ協会の会長さんのお店“マジックスパイス”さん」

Y「打てば響くとはこの事か⁉ヨッサンは心斎橋の“ルーデリー”よ~行ってたけど、田舎へ帰ってもた」

N「えっ??ルーデリー、いなくなったんですか⁉…実はこの5年で、僕、日本スープカレー協会の理事になったんです。“心”も“マジックスパイス”さんも協会の理事のお店なんです」

一般社団法人日本スープカレー協会理事&カレーマイスター取得のNAOTOさん。カレースタジオ「ナオト」を開店…華麗なる?転身をするか…な⁉

インタビュー後、今度会うときヨッサンの番組を応援して下さってる森下仁丹さんの“食養生カレー”(スティック)を楽屋に持って行くワ…と約束。昨夜(9月10日)アメ村のライブハウスにて実現。その時の模様が今回の写真です。という事で、辛口の音楽談義は次回に。(よしかわ・ともあき FM大阪くらこれ企画プロデューサー)

173naoto

ヨッサン贈呈の「食養生カレー」を手にするNAOTOさん

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